堀江の口から聞かされたのは、宮内にとっても驚きの事実だった。野口が沖縄で遺体で見つかったのだという。遺体の手首には複数の切り傷があったという。
「ということは……、自殺ですか」
「そうみたいですね」
どうやら堀江は、宮内も自殺していまいかと思って自宅にやって来たようだった。宮内の頭をよぎったのが、あの電話の声だった。
「迷惑なんだよね。あなた方が……」
今でもはっきりと覚えている。ただ、野口が何を言いたかったのか……。その後は少しだけ話したが、これといった会話もなく、すぐに電話を切ってしまったという。
野口の死には謎が多い。宮内と電話で話した日は自宅に帰らず、翌18日早朝に飛行機で沖縄へと向かっていた。沖縄に着くと、昼前に那覇市内のカプセルホテルにチェックインしていた。
ここまでの足取りがすでに不可解である。なぜ沖縄なのか。そしてエイチ・エス証券副社長でもある野口が宿に選んだのが、なぜ24時間営業のカプセルホテルなのか。しかも偽名でチェックインされていた。
さらに謎は深まる。
午後2時35分頃に非常ベルの音に気づいた従業員が3階にある野口の個室を開けようとしたが、内側からカギがかかっていて開けられない。合鍵で開けたところ、サウナ着に血まみれの野口が発見されたという。ベッドには血の付いた包丁が落ちていた。病院に運び込まれたが、発見から1時間後に出血多量で死亡が確認された。
沖縄県警は早々に自殺と判断したが、左右の手首を切った痕があるほか、首を切った痕も残されていた。死を決意していたとしても、果たしてそこまで自分で自分の身を傷つけられるものなのか。そして、それならなぜ非常ベルを鳴らしたのか――。
野口の死には他殺を疑う声も根強く残ったため、翌2月には国会でも国家公安委員長が他殺説を問われる一幕があった。
いずれにせよ、野口の死の真相は今も謎が多く残るままである。
虫の良いお願い
話を六本木ヒルズの「容疑者ルーム」に戻そう。
堀江から見れば強制捜査の理由と目された証券取引法違反の疑いが、どこまで連鎖するか分からない。つまり、誰まで捜査の手が及ぶのか、見当が付かない。仮に捜査令状に名前が明記されている自分や宮内らが逮捕された場合、誰にライブドアを託せばよいのか――。そして担当の弁護士によると、堀江と宮内が逮捕されることはほぼ間違いなさそうだった。
翻って平松は過去の買収案件に全く関わっておらず、何があってもシロと言える。それが平松に後任を託した理由だった。ただ、堀江は自分で後継を願い出ておきながら後に刊行した著書『徹底抗戦』の中で、「あくまでリリーフだと考えていた」と述べ、平松が意中の人物ではないものの、他に選択肢がなかったと回想している。さらに「彼はネットのこともファイナンスのこともほとんど分かっていない人だった。周りが推したのかもしれないが、辞退すべきだったのではないかと思う」とまで述べている。
まことに虫の良いお願いとしか言えないが、平松はこの申し出を受けることにした。この日から5日後の23日、堀江と宮内が逮捕されてライブドアを去らざるを得なくなったからだ。