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「燃料棒は冷却できるのか」3.11原発事故対応でインテリジェンスのプロ・警察庁外事情報部が担った“特殊任務”

外事警察秘録 第8回

2023/01/28
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オバマ大統領の危機感

 国家や社会を揺るがし、歴史の転換点となるような緊急事態に際し、特定の組織や個人が、想定されていなかった役割を担うことがある。東日本大震災が引き起こした原子力災害当時、部長を務めていた警察庁外事情報部が正にそれだった。

グレゴリー・ヤツコ元NRC委員長 ©時事通信社

 地震や津波といった重大災害の発生時に警察に求められる役割には被災者の捜索・救助、搬送、避難所や被災地域の犯罪抑止と交通統制、そして命を落とされた方々の検視と身元の確認、引き渡し等がある。専ら外国スパイの監視・取締りや、国際テロの防遏(ぼうあつ)・検挙等を任務とする外事警察を統括する外事情報部が関与できる領域はほとんどないようにも思われる。2011年3月11日の東日本大震災に起因する東京電力福島第一原子力発電所の事故がなぜ、どのような役割を外事情報部に与えたか――。その経緯については、多少の説明を要する。

 外事情報部が担ったのは、日頃築いた米国カウンターパートとの協力関係を軸に、「情報」を活用し、崩壊しかけた両国の信頼関係を再構築することだった。最終的に日本政府は、派遣されたNRC高官との間で情報共有の枠組みを持ったのだが、その開設には外事情報部と米側との情報ラインが深く関わっている。

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 背景には、当時の我が国に原子力災害発生時に情報を一元的に集約・分析する機構がなかったことがある。また、日本政府には、震災発生当時、米国を始めとする同盟・同志諸国と災害情報を共有して有効な知見を得る仕組みも存在しなかった。

 このため米国は、「フクシマで何が起きているのか」を知る客観的事実や詳細なデータに接し得ず、「日本はどうなるのか」という見通しも持てなかった。在日米軍の軍人・軍属とその家族だけで約十万人、加えて民間人数万人の自国民を守らなければならない米国政府にとって、これは極めて深刻な事態だった。

 当時の米国の対日認識をめぐっては、菅(かん)政権で原発災害に関する対米交渉役を務めた長島昭久衆院議員(当時民主党)が、原発事故翌年の2012年3月13日付の『東京新聞』で指摘している。

「事故発生から1週間後、米側は日本からの情報不足に相当いらだっていた」

 対米協議の最前線にいた長島氏の実感は重く、また、事実でもある。原発事故では、発災から14日までの3日間で、▷1〜4号機の全電源喪失▷1号機、3号機の水素爆発▷2号機燃料棒全体露出▷1〜3号機のベント――。刻一刻と悪化する状況をメディアが相次ぎ速報。「最悪」の二文字以外の事態を想像することはできなかった。

 炉心溶融(メルトダウン)などの極めて重大かつ深刻な事態が予測できる状況に、いち早く、強く反応したのは同盟国・米国であった。

 東日本大震災発生からおよそ9時間半後、各国首脳に先駆けて行われた日米首脳電話会談でバラク・オバマ大統領は最大限の対日支援を約束した。しかしながら、その胸中は、日本に所在する米国民の生命、身体、財産の保護、米軍基地の防護と維持をはじめ「米国権益の確保」で占められていたに違いない。米国にとって日本に所在する権益の中核は、在日米軍という極東の平和と安定の要となる安全保障資産である。米側には在日米軍の軍人・軍属とその家族、装備資機材の放射能汚染をいかに回避するかという至上命令があった。オバマ大統領もまた、大きな危機感と焦燥感を共有していたのだ。