2020年7月、56歳で初めて父になった夕刊フジ編集長の中本裕己さん(59)。そんな中本さんが、当時45歳の妻が“超高齢出産”を果たすまでの苦難の道のりや、シニア子育てのリアルを綴った著書『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました 生死をさまよった出産とシニア子育て奮闘記』(ワニ・プラス)を上梓し、話題を呼んでいる。
ここでは、同書より一部を抜粋。妊娠7カ月で心筋炎(心臓の筋肉の炎症)になった妻が、緊急帝王切開手術によって出産する際の緊迫した状況を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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東大病院に救急搬送された妻
──2020年7月7日19時24分
ストレッチャーに乗せられた妻は、救急車からスライド式にそのまま地上に降ろされ、東大病院の救急入り口へ担(かつ)ぎ込まれた。
その瞬間、私は動転した気持ちを抑えようと、とっさに搬送される妻の姿をスマホで追っ た。正確な時間が残っているのは、そのためである。1分1秒を争って搬送していただいているのに不謹慎のようだが、あとで病状の経過をたどる手立てがないし、貴重なメモになるかもしれない。邪魔にならないよう、注意をはらって撮影ボタンを押した。
オレンジ色の毛布を掛けられた妻は、ストレッチャーに横たわり簡易式の酸素吸入を受けながら、脈拍などの簡易モニターなどを手にした救急隊員3人に運ばれていく。急変した際の対応と、病状の申し送りなどのために日本医大付属病院から同行した医師2人が見守っていた。
苦悶を浮かべながらも穏やかな表情の妻
妻は真上の一点を見つめ、息も絶え絶えで、それでも気をたしかに持ちながら、帝王切開手術まで持ちこたえようと戦っていた。意識はしっかりしていた。時折、せり出した妊娠7カ月のお腹を左手でいとおしそうにさすっている。
心筋炎がしだいに悪化し、呼吸が荒くなり血圧が低下してからも、お腹の子は順調に育っていたのが唯一の救いだった。面会ができない病室からも「ときどき、ペケオちゃんが元気にお腹を蹴っている」というLINEが届いていた。