地面の泥水をすすり、アリやミミズを食べて飢えをしのいだ
以降、男性は13日間を山のなかで過ごした。ときに地面の泥水をすすり、アリやミミズや苔を食べて飢えをしのいだ。傷口からはウジが湧き、やがて腐乱臭も漂いはじめた。死を覚悟し、「いっそ死んだほうが楽なのかな」とも考えたが、朝になると目が覚めているという日が何日か続いた。そして遭難して14日目の午後、ずっと捜索を続けていた埼玉県警の救助隊員によって発見・救助されたのだった。
救助活動は激しい雨が降るなかで行われたが、現場の沢はみるみるうちに増水して、男性が救助を待っていた場所は瞬く間に水没してしまった。まさに間一髪の救助劇であった。
両神山で男性が遭難したのと同じ8月14日、北アルプスの三俣蓮華(みつまたれんげ)岳では61歳の女性が道迷いの迷宮に足を踏み入れようとしていた。
16日間も山のなかで過ごした61歳の女性
女性は前日に岐阜県の新穂高(しんほだか)温泉から入山し、3泊4日の行程で笠ヶ岳、弓折岳、三俣蓮華岳、黒部五郎岳、北ノ俣岳と縦走して、富山県の折立(おりたて)へ下山する予定であった。ところが、14日に双六小屋から巻道コースをたどって三俣蓮華岳へ向かう途中、東側の沢のほうへと迷い込んでしまった。この日は風雨が強く、雨で登山道が水浸しになっていたので、悪路や視界の悪さなどが要因となって登山道を外れてしまったようだ。
女性が迷い込んだのは、湯俣川源流の樅沢(もみさわ)かその枝沢あたりだと思われる。以降、彼女は16日間という長い時間を山のなかで過ごすことになる。
女性の家族から岐阜県警高山署に捜索願が出されたのは、下山予定日を6日も過ぎた8月22日であった。ひとり暮らしをしていた女性と連絡がとれなくなったことから、心配した家族が女性の住居を訪れて登山計画のメモを見つけ、初めて山に行ったことを知ったのだった。