『笑い神』(中村計 著)文藝春秋

「M-1」で笑えない。

 ここ数年、お笑いの内外から、そんな声を聞く機会が増えました。

「M-1」と漫才は別物です。4分間で勝ち負けをつける。その時点で競技である以上、勝つために技術はどんどん先鋭化していきます。

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 そこに加え“やさしい社会”になっていく中で笑いにも変化が求められています。これまで使っていた“石炭”に代わる新エネルギーを見つけ出す。そこも「M-1」に求められるものとなっています。昨年、優勝した「ウエストランド」が見せたのは「石炭をガンガン燃やしながらも二酸化炭素を出さない」技術でした。

 ハイスピードで進化する「M-1」に対し、一般の方の考察もSNSで多数見受けられるようになりました。この笑いが分からないと成熟したオトナとは言えない。背景に圧倒的努力があることを知っておくのもオトナの嗜み。そんなニオイが立ち込めてもいます。

 ただ、多くの芸人さんがそこに「ん~……」となっているのも事実です。もっと緩く、なんとなーく楽しむ。面白ければ笑うし、面白くなければ笑わない。それでいいんじゃないかと。

「M-1グランプリ2022」の少し前にサッカーW杯の日本代表戦がありました。日本代表の快進撃で盛り上がる。それ自体、悪いことではない。ただ「ここで盛り上がらないとダメ」とか「みんなでワイワイやるのが当たり前」といった“同調圧力”。そこと似たニオイが今の「M-1」にはあるのではとも思います。

 無論「M-1」で活躍する芸人さんはすさまじい。その場を作るスタッフさんもすさまじい。だからこそ、大きなうねりになった。なったからこそ、妙なところに「かくあるべき」が出てくる。その「かく」からにじみ出る雑味が純粋に笑うことを邪魔している。そんな部分があるのではないか。

 もっとシンプルに。お笑いなんてそんなもの。それが24年、芸人さんを取材し、芸人さんは心底すごいと思っている僕がリアルに感じていることでもあります。

 この本には、芸人さんの苦悩とリアルが描かれています。しかも「どれだけ手間を……」と恐ろしくなるくらいの取材を重ねて。

 厳選した材料で丁寧にスープを取るのは当たり前。粉にこだわって自家製麺も打つ。なんと、かえしに使う醤油まで自分のところで作っている。さらには醤油の原料の大豆まで栽培しているなんて。そんな震えを随所から感じました。

 単なるお客さんは知っておく必要がないことまで思いっきり書いてあります。

 本当のことはここにある。裏が表で、表が裏で。メビウスの輪的世界観ながら、世の中に楔は打ってある。なので、皆さん気楽にお笑いをお召し上がりください。

 芸人さんでもない人間が烏滸(おこ)がましいばかりですが、そんな思いにさせてくれる本が実在する。それを誇らしく思います。

なかむらけい/1973年、千葉県生まれ。ノンフィクションライター。『甲子園が割れた日』でミズノスポーツライター賞、『勝ち過ぎた監督』で講談社ノンフィクション賞。他著に『クワバカ』『金足農業、燃ゆ』『高校野球 名将の言葉』などがある。
 

なかにしまさお/1974年、大阪府生まれ。芸能記者。著書に芸人25組の生き様を綴った『なぜ、この芸人は売れ続けるのか?』。