『江戸一新』(門井慶喜 著)中央公論新社

「もはや復興にあらず、すなわち過去(むかし)の栄華を取り戻すことにあらず。……100年先の末裔(まつえい)へと健やかな江戸を贈ることにあり」

 本書の主人公、〈知恵出づ(伊豆)〉と呼ばれた江戸屈指の切れ者、松平伊豆守信綱(いずのかみのぶつな)の熱い決意が全編を通してひしひしと伝わってくる。私利私欲ではなく世をより良くするために突っ走る人がいてこそ復興が現実になるのだと、大震災と重ね合わせて本書を読んだ。

 こちらは江戸の大半が焼失、多数の死者が出た明暦3年の大火が舞台。大惨事を逆手にとってこの際一気に江戸を立て直そうと考えた信綱は、同役の老中酒井忠清や阿部忠秋をも巻き込んで、御三家の移転、道路の拡張、架橋、市中の区画整理……と次々に斬新な策を練り出し、数々の困難を乗り越えてゆく。

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 災難を〈絶好の機〉ととらえ、「復興ってなぁ、明るく楽しくやるもんさ」などとうそぶいてみせる信綱は、まことに小気味よい。斥候(ものみ)としている幡随院(ばんずいいん)長兵衛も、旗本奴(やっこ)の水野十郎左衛門も、姉のおあんやおあんの弟子の女童おときまでが、前向きで威勢がよく、復興景気に沸き立つ江戸の気分を盛り上げる。

 著者の知識と発想になるほどといちいちうなずきながらも、軽快にページを繰る手が止まらないのは、著者ならではのリズミカルな語り口と活き活きとした表現によるものだろう。既刊『家康、江戸を建てる』で評判となった手腕はここでもいかんなく発揮される。

 とはいえもちろん、ただ復興を成し遂げた男の偉人伝ではない。信綱がいかに臆病だったか、くり返し語られる。弟についてのおあんの見解も的を射ている。おあんは弟が臆病なのは頭が良すぎるからだという。使う必要のないところで頭を使うからだと。その上で「日本一の臆病者になりなされ」と激励する。信綱は合理的な人だと著者は述べる。江戸が中世と近代の合金なら「近代のほうに属する元素」だとも。

 著者の鋭い洞察眼は信綱に限らず、酒井や阿部、若き日の水戸光圀にも発揮される。ああだこうだとやり合い、相手の顔色を探りながらあの手この手と策をめぐらせる人々が臨場感たっぷりに描かれているので、一人一人が生身の人間として鮮やかに立ち上がってきて親近感がわく。

 著者の慧眼は人物だけにとどまらない。心をつかむ台詞が随所にちりばめられている。たとえば――。

「俺たちはみんな、要するに、その『生き残った』ってこと自体に毎日ぎすぎす心を荒らされてるんだよ。……命果報ってのは、他人が思うほど果報なものじゃねえのさ」等々。

 近年、歴史小説は様変わりをした。なにより読みやすい。歴史は難解だと敬遠している人たちも、本書を読めば楽々と江戸へタイムスリップできる。一新を発起する人ならきっとパワーをもらえるはずである。

かどいよしのぶ/1971年、群馬県生まれ。2003年、「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。18年に『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞。『家康、江戸を建てる』『東京、はじまる』『地中の星』『東京の謎』など著書多数。
 

もろたれいこ/1954年、静岡県生まれ。作家。「きりきり舞い」「狸穴あいあい坂」シリーズのほか、『しのぶ恋』『麻阿と豪』など。