「とっとと逝ってくれ、と毎日のように思っています。でも最初は、こんなふうに親のことを書いて叱られないかしら? と不安もありました」
両親と叔父叔母夫婦という平均年齢90歳の4人を介護している、小説家でフリーライターのこかじさらさん。このたび上梓した『寿命が尽きるか、金が尽きるか、それが問題だ』は、そんな奮闘の日々を綴ったエッセイだ。
こかじさんが、年老いた両親の面倒をみるために千葉県館山市の実家に戻ったのは2019年春のことだった。その半年後、房総半島に台風15号が上陸、大停電が起きた。
「幸いなことに我が家の被害はたいしたことはありませんでした。ただ、屋根の上にあるアンテナが少し傾いたらしく、NHKが映らなくなったんです」
当時89歳だった父は、「これじゃあ相撲が見られねーだろ! 早く電気屋を呼べ!」と、まるで駄々っ子のように朝から晩まで大騒ぎした。一方、父より2歳年下の母の関心事は、明日食べる分のヨーグルト。
「私がSNSを駆使して開いているスーパーを探し、長い列に並び、やっと手に入れたにもかかわらず、母が放ったのは『これおいしくない』のひとこと!」
非常事態もなんのその、いつもと変わらずわがまま放題の両親にブチギレそうになっていたとき、1本の電話が掛かってくる。
「台風被害を心配した、知り合いの編集者からでした。どうしてる? と聞かれたので、このマイペースで融通が利かない父と母との生活がいかに大変か、まくしたてたんです」
編集者から「その話、めちゃくちゃ面白いからちょっと書いてみたら」と言われ、この体験をウェブサイトに寄稿してみることに。ありのままの老父母の姿と暮らしぶりを、本音やイラ立ちも隠さず、臨場感たっぷりに書いた。
すると、「うちのじいさんはもっとひどい!」とか、「うちのばあさんも大変なんだ!」といった書き込みが相次いだという。
「ああ、世の中には、うちみたいな家族がけっこういるんだなあと。実際、介護している家族の愚痴なんて、本当は山ほどありますよね。でも、吐き出したくても吐き出すところがない。そういう人たちがたくさんいて、共感してくれたんだと思いました」
さすがに単行本一冊になるほどの話はないと思っていた矢先。今度は、90歳近い叔父が駐車場で接触事故に遭い、免許証が失効したままで半年以上運転を続けていたことが発覚した。
「叔父夫婦には子供がいないので、結局、私が面倒をみる羽目に。ゴミ屋敷寸前だった家も、私が片付けることになりました」
それから3年。要介護1の両親や、アルツハイマー型認知症が進む叔父、要支援2の叔母を介護する中で、たまりにたまったエピソードを本書にまとめた。
〈私のほうが先に死んでまうやろ!〉
〈これは修行か! はたまた罰ゲームか!〉
など、明け透けすぎる書きぶりは、いっそ小気味いい。介護費など考えるだけで憂鬱な問題にも、時に悪態をつきつつ立ち向かう姿に励まされる人は多いはず。
以前は編集者としてさまざまな本に携わってきた、こかじさん。そのときの信条は、「本の価値は、理屈じゃなくて、面白いか、役に立つか」だった。
「この本を読んだ方の多くが、『実際は、かなり大変だと思うけど、面白かった』とおっしゃいます。面白がっていただけたなら、私としては本望です(笑)」
こかじさら/1958年、千葉県生まれ。中央大学専門職大学院国際会計研究科修士課程修了。出版社勤務を経て2010年フリーライターに。16年『アレー! 行け、ニッポンの女たち』で小説家デビュー。他の著書に、『それでも、僕は前に進むことにした』『彼女が私を惑わせる』など。