1ページ目から読む
3/4ページ目

縁日や祭りを仕切る庭主とは?

 テキ屋は屋台だけでは商売はできません。

 商売をするには、“ショバ”、つまり場所が不可欠です。

 このショバを仕切っているのが、庭主と呼ばれている立場の人です。

ADVERTISEMENT

 庭主はすべてを仕切るので、たとえば神社などの祭りでしたら、参道のどこに何の店を置くということも決めます。

 ですから、私たちは会場に着くと真っ先に庭主へ挨拶を行い、自分のネタを教え、「スイネキだったら門から3つ目の場所で商売して」という指示を受けて、そこで店を開くのです。

©AFLO

 ちなみに祭りが大きくなると、いろいろなテキ屋組織が入り交じり、さらにそこに父のような一本のテキ屋が何人も出入りします。それを仕切るのですから、庭主の権限の強さがイメージできるのではないでしょうか。庭主自身もそれを分かっているので、あえていくつもの組織や多くの一本のテキ屋を呼んで、自分の顔の広さを誇示するのです。

 実力のある庭主の元では、安心して商売することができます。多くのテキ屋組織が入り交じっていると聞くと面倒が起きそうに思われるかもしれませんが、私はその方が安心できるので好きでした。

 ちなみに「そんなにいろいろな組織が入り交じっていて、組織同士のトラブルはないのか?」と思われるかもしれません。

 私も40年近くテキ屋の世界に身を置いてきましたが、テキ屋同士のトラブルはほとんど見かけたことがないですね。

 祭りや縁日で問題を起こせば、次から呼んでもらえなくなります。また、騒ぎを起こせば、当然、庭主の顔に泥を塗ることにもなるでしょう。だから、現場でトラブルを起こさないというのは、テキ屋の鉄則なのです。

 もちろん、「あっちよりも多く売ってやろう」というライバル心はあります。しかし、嫌がらせなどは一切なく、むしろ組織の枠を超えて助け合うことの方が多かったように思います。

 たとえば、私の場合、若くして手伝うようになったので、ときにはナメてかかってくるお客さんもいるわけです。

「子どもがそんなに大金もってどうすんだよ。もっとオマケしろよ」

 酔っぱらって絡んでくる男性のお客さんがいました。

 そういうとき、私は「しょうもない大人だな~」と心を無にしてやり過ごすことにしていたのですが、その日のお客さんはとくにしつこかったんですね。あまりにしつこいので、私もしまいには泣き顔になってしまいました。

「おい、その辺にしておいたらどうだ」

 低くて、迫力のある声です。

 2軒隣りで商売をしていた、初めて見るテキ屋さんが助けに入ってくれたのです。

 彼は当時20代半ばでしょうか。ちょっといかつい感じだったので、お客さんも酔いが一気にさめたようでどこかに慌てて行ってしまいました。

「大丈夫だったかい? 組が違っても困った時はお互い様だから……」

 彼はそう言うと、すぐに自分の商売に戻っていきました。

 その後、母と一緒に改めてお礼に伺ったのですが、「いや、庭主に迷惑をかけたくなかっただけだよ」と一言。トラブルを防ぐために、組織が違っても手を貸すのは当たり前だというんですね。

 その素っ気ない態度が何ともかっこよくて……。私、完全に恋をしてしまいました。でも、その方にお会いできたのは、その祭りが最後。それっきり、二度と出会うことはなく、私の恋も一瞬で終わりを告げたのでした。

 私の恋の話はさておき、庭主の話に戻しましょう。