近年、発達障害への知識や理解が広まり、関連する書籍が数多く出版されている。しかし、発達障害者の性行動について詳しく掘りさげた本はほとんど見当たらない。性の問題は非常に切実なはずなのに、「障害者と性」はタブー視されている。
ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)を併発した文学研究者・横道誠氏は、発達障害者の性行動を深く知るために、当事者8名にインタビューを実施。その証言をまとめた書籍『ひとつにならない 発達障害者がセックスについて語ること』(イースト・プレス)を今年1月13日に上梓した。
横道氏は同書の中で「読者のみなさんにとって、いささか不愉快に感じられる証言も紛れこんでいるかもしれないから、フラッシュバックに心配があるかたは、注意してほしい。彼ら彼女らの行動には、ときに一般常識、倫理、法律を逸脱している面がある」と前置きしたうえで、「彼ら彼女らは、しばしば不当な被害や暴力の被害者でもある。みな『サバイバー』なのだ。同じような苦しい人生を体験したことで、命を絶ってしまった人も無数にいる。その意味で本書はひとつの鎮魂歌でもあることを理解していただきたい」と出版の意図を説明している。
ここでは、そんな同書から一部を抜粋。17歳のときに注意欠如・多動症と診断された21歳女性、「唯さん」の体験談を紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
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中学の記憶は楽しいと暗いで乖離する
唯さんは、小学生のときはしゃべり過ぎの「変な子」と見なされていたのだが、中学校では「なんだこいつ、おもしろいやつだな」と評価されるようになり、クラスメイトの話題の中心になることが増えた。中学1年生までは、授業中に寝ていても試験の点数が良かった。だが2年生のときから、授業内容がわからなくなってしまう。絵を描くことは好きなままだったから、美術部に入っていた。ニコニコ動画発のメディアミックス「カゲロウプロジェクト」に夢中になった。「中二病でした」と語る。中学時代は「すごく楽しかったなという思いと、逆にすごく暗かったなという記憶が同時に存在します」。どれがほんとうの自分なのかわからなくなり、解離が起きていた。
暗い面があった中学時代に、家庭環境の不安定さは深まっていた。唯さんは中学3年生のときからリストカットを始め、手首からたくさんの血を流した。リストカットは、最近では依存症の一種として理解されつつある。現実感が希薄な女性たちが、体を傷つけることで覚醒作用を得て、現実へと復帰することができるのだ。リストカットは周囲には恐ろしく見えるはずだが、当事者たちは生と死のはざまにいて、血を流すことで必死に生にすがりついている。リストカッターの多くは、アダルトチルドレン、つまり機能不全家族の出身者だ。