ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)を併発した文学研究者が世界を旅するとどうなるのか? そんなありそうでなかった一冊が横道誠さんの新著『イスタンブールで青に溺れる 発達障害者の世界周航記』。世界46カ国を旅してきた発達障害者から見た日本社会とは?

 

自閉スペクトラム症者が持つ特別な感覚

――横道さんの海外体験は、非常にユニークですね。ウィーンの空港でモダンジャズのような音の洪水に飲み込まれたり、スイスの山道を歩いているだけで集中力が飛躍的に上がる「フロー体験」が起こったり。

横道 自閉スペクトラム症がある人の多くは、聴覚がひどく過敏です。圧倒的な音の情報量を前にすると処理しきれずに感覚が朦朧として、世界が泡立って感じられます。とくに外国語がほうぼうから発せられている空間では、モダンジャズさながら音が煌めく星屑のように降ってくる、というのが僕の感じ方です。

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 また、発達障害があると過集中という意識状態に入りやすいので、たとえばスイスで「ハイジの道」を歩いているだけで、心理学でいう「フロー体験」が起こってしまう。大きなうねりに流されているような感覚で、ランナーズ・ハイのように自分の身体能力が飛躍的に向上したように感じられるんです。

――「青」へのこだわりも半端ないそうですね。

横道 青は普遍的に人気のある色ですが、自閉スペクトラム症があると、特に青にこだわる人が多いという研究があります。毎年4月2日は世界自閉症啓発デーで、日本でもさまざまな場所が青くライトアップされます。もちろん、すべての自閉スペクトラム症者が「青マニア」ということではありませんが、少なくとも僕はどこに行っても青く美しいものを探しています。普段飲むコーヒー缶も、各国の小物のお土産もすべて、青に惹かれて買うことが多い。この研究室も自宅も、一時期は青色、空色、水色、藍色、群青色だらけでした (笑)。村上春樹の本は背表紙が青い新潮文庫推しですし、筆記用具は必ず青ペンを使うか、あるいはインクが黒くても外見が青いペンを使っています。

 青をめぐる一番の体験は、イスタンブールで見た、ブルーモスクとも言われるスルタンアフメット・ジャーミィの内装です。あのトルコ石の青は水のようでもあり空の青。アジアとヨーロッパの狭間にある独特な空間性のなかで、深く心を奪われました。