「牛骨でスープのだしを取ったのは、戦後のお金がない時代、肉屋に転がっていた牛骨を使ったからです。出入りの肉屋さんが『満洲味はこんなものを注文した。こんなふうに作れば同じ味になる』と他の店に教えたので、牛骨ラーメンが広まっていきました」と門脇さんは話す。
牛骨でだしを取るとスープの脂が濃くなる傾向があるようだが、ハル子さんの作るラーメンはとりわけインパクトがあったようだ。「竹を割ったような性格」(門脇さん)を反映していたのかもしれない。
その証拠のような話がある。
門脇さんは、母に大学進学を許されず、高校を出るとすぐに店を手伝った。このため出前に走り回ったのだが、「どんぶりを下げに行くと、うちのは遠くからでもハッキリ分かりました。黒くなっていたからです。脂が濃くて甘かったのでしょう、アリが黒々とたかっていました」と話す。それだけではない。「ウナギの代わりとしても食べられました。お金がない人や、ウナギが嫌いな人が食べに来たのです」。精がつくスープでもあった。
ハル子さんは36年前に亡くなり、門脇さんが店を継いだ。
その後は自分なりに味を変えた。「母はだしを取ったスープをすぐに使っていましたが、私は前日のだしに一度混ぜて、ワンクッション置きます。煮込む時に野菜も入れるようにしました」。すると味がまろやかになって旨味が引き立ち、さらに食欲が湧く香りになった。定番の醤油ラーメンを頼むと、コクがあるのに、あっさりしていて、鼻腔が牛肉の香りで満たされる。
「牛骨ラーメンにはニンニクが合います。スライスして入れると…」
門脇さんは、牛骨ラーメンの美味しさを「甘さがポイント。肉を食べると、肉汁が口中にあふれ出るでしょう。あの感じ」と表現する。
「ステーキにはニンニクが合います。同じように牛骨ラーメンにも合うので、私はニンニクをスライスしていれます。店内ではお客さんの好みに合わせて入れられるよう、すり下ろしたニンニクを机に置いています」。試しに入れてみると、口の中で味が開くような感じがした。
ラーメンを語る時の門脇さんは、この上なく幸せそうな表情になる。「だって、ラーメンが大好きなんですもの。ラーメンは万人の食。食べ物は人を幸せにします。私は幸せを売っているのです」と微笑んだ。