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《本来の寿命は「55歳」程度である》人間が“寿命の壁”を乗り越えている「特有の理由」

2023/02/19
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人類史上最も長く生きた人物はフランス人女性

 さて、いきなり夢を壊すようだが、実は「人は何歳まで生きられるのか?」という問いには、統計学分野からの答えがいったん出ている。

 2016年、米ニューヨークのアルバート・アインシュタイン医科大学の研究グループは、人間の寿命には上限があるとする研究結果を英科学雑誌「ネイチャー」に発表した。

 同グループは世界約40カ国の死亡年齢などの統計データによる疫学調査を行った。その結果、100歳を超える高齢者の寿命は1980年以降、延びが止まったという。さらに世界最高齢者の死亡年齢も1990年代から上昇していないことがわかった。125歳の人を見つけることは天文学的な低確率で、地球を1万個探索する必要があるという。研究チームのヤン・ファイフ教授は「人間の寿命の限界は115歳ぐらい」とメディアに答えている。

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 記録で調べることが可能な人のうち、人類史上最も長く生きた人物は、122歳まで生きたフランス人女性ジャンヌ・カルマン(1875〜1997)である。しかし、娘が相続税逃れのために母親と入れ替わったのではないかという疑惑も噴出した。この疑惑についてフランスの国立保健医学研究所は2019年、「彼女は間違いなく史上最高齢の記録保持者である」との見解を示した。ただ、これが事実であっても、122歳が長寿の限界である。

世界最高齢122歳のジャンヌ・カルマン氏 ©時事通信社

 一方、人間の最大寿命は120歳から150歳であると推定した論文が、2021年に「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表された。シンガポールのバイオテクノロジー会社Geroなどによる研究で、UKバイオバンクと米国国民健康栄養調査による50万人以上のデータを用いた。この研究によると、人間の寿命には「生物学的年齢」と「回復力」という二つの要素があるという。数理モデルでシミュレーションを行い、120〜150歳で身体の回復力は完全に失われ、死に至ると結論づけている。

 だが、なぜ歳をとると回復力が低下するのか――そのメカニズムは、いまだ見いだせていない。

 人間は長生きになったと言われるが、平均寿命と最大寿命は異なる。2019年のWHOの世界保健統計によれば、世界の平均寿命は73.3歳。平均寿命が最も長いのは日本の84.3歳だった。1950年の日本人の平均寿命は約60歳だったから、この半世紀で急激に長生きになった。

寿命の「絶対的な限界」

 しかし、人間の最大寿命には絶対的な限界があるというのだ。

 ベストセラー『生物はなぜ死ぬのか』(講談社現代新書)の著者で東京大学定量生命科学研究所の小林武彦教授は言う。

「日本における100歳以上の人口は、毎年数千人増え、現在は9万人を超えています。私が生まれた60年前は100歳以上の人は150人ほどでした。ただし、これほど平均寿命が延びたのに、なぜか最大寿命はほとんど延びていない」

 115歳も120歳も122歳も、数字としてはそれほど大きく変わらないが、最大寿命という意味では大きなカベがある。115歳の人は稀にいても、125歳の人は見つかっていない。

 小林教授は、人間の本来の寿命は「55歳」程度であると推定している。

「その根拠は二つあります。一つは55歳を過ぎるとがんの死亡率がぐんと上がること。もう一つは、人間と同じ霊長類でゲノムが約1%しか違わないチンパンジーやゴリラの寿命が60歳を超えないからです。このように考えると、本来の大型霊長類の寿命である55歳を超えて生きられるのは、ヒト特有の何かがあるのだと思います」

 人間だけではなく、生物はそれぞれ最大寿命が決まっている。ハツカネズミの寿命は約3年であり、5年生きるハツカネズミは存在しない。

 一方、マウスと同じげっ歯類でも、アフリカのサバンナに生きるハダカデバネズミは約30年生きる。同じげっ歯類のなかで10倍長生きする種類がいるのであれば、人間も他の霊長類より10倍長生きし、500歳まで生きられるのではないかという考えも成り立つ。

 だが、小林教授はこうした考え方には否定的だ。

「長寿の生物は、DNAの修復能力が高いことが特徴です。たとえばゾウは体が大きいため、細胞の数も多く、その分どれかの細胞ががんになる確率も高いと考えられます。それなのにゾウの寿命が長いのは、DNAの修復能力が非常に高いからです。

 一方で現在の人類は縄文人と比べると身長が10センチほど高くなり、平均寿命も長くなりました。けれども、DNAの修復能力は簡単に変わらない。だから最大寿命も延びないのだと考えられます」