別れを惜しまないのがいい
――どういったスケジュールで歩くのでしょうか?
太郎丸 朝、起きて歩いて、日が暮れたら寝る。シンプルです。
――テントで寝るんですか?
太郎丸 テントは持っていますが、モロッコの場合は、民家に泊まらせてもらうことのほうが多かったですね。モロッコには各村に「マカダム」と呼ばれる村長みたいな人がいて、その人が警察と連携しながら、時には一緒に歩いてくれたりして、村から村に私のことを渡してくれるんですよ。それで、夜になるとうちに泊まれと。
――それは治安維持的な意味で?
太郎丸 はい。モロッコは、このマカダム制度のおかげで治安がいいんだと誇らしげに言っていました。これはアラブ世界でもモロッコだけみたいですね。
――それでモロッコの旅はどのように終えたのでしょうか。
太郎丸 このときは、なんとなく大西洋まで歩こうとしていて、実際に大西洋が見える街で旅を終えました。そしてトラックでロバを運んで、以前、1カ月一緒に暮らした遊牧民に「これを役立ててください」とロバをプレゼントしました。遊牧民は暮らしが貧しいので、ロバが1頭いると生活が助かると思ったんです。こうして旅を終えました。
――ロバは懐くものですか? 遊牧民にプレゼントして別れたとき、ロバは「ふーん」といった感じ?
太郎丸 それがロバの面白いところで、とくに鳴いたりしないし、別れを惜しむこともありません。すごくあっさりしてて、でもそこがとてもいいなって思っています。
現代人って別れ下手になっているんじゃないかと思っていて。昨年、モロッコで別のロバと旅をしていたときは、Twitterのフォロワーの人が寂しがっていて、ロバを日本に連れて帰ってきてくださいという人もいました。なんでそこまで言うのかなって思っていたんですが、日本人はSNSでいつでも「つながれる」という状態に慣れてしまって、別れることが下手になっているんじゃないかなと思います。
でも、旅は一期一会で別れはつきもの。ロバと別れてもロバとの旅がなくなるわけじゃない。ロバと別れることは自分の中では整理はついているんですが、周りの人が残念がるというのは、少し不思議な感じがしましたね。
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「放浪するなら26歳」と決意させた『深夜特急』
太郎丸さんが、最初に勤めた新聞社を辞めて旅に出たのは26歳のとき。これはノンフィクション作家の沢木耕太郎さんが、著書『深夜特急』(新潮文庫)での旅に出た年齢と同じだという。
「『深夜特急』を読んだのは、高校生のときでした。沢木耕太郎さんは、海外を放浪するなら26歳のときがいいっていろんなところで言ってるんですよ。高校生のときからずっと26歳なんだって頭にあって、新聞社を26歳のときに辞めました」
『深夜特急』の中では、こんな一節が心に残っているという。
《人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉躍る冒険大活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ》
役立つとか、夢中にさせると謳うコンテンツが溢れているからこそ、私たちは太郎丸さんのロバとの旅に惹かれるのかもしれない。
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