子どもの教育のために日本を離れ、以降10年間、マレーシアで暮らす野本響子さん。著書の『東南アジア式 「まあいっか」で楽に生きる本』ではさまざまなデータから日本の生きづらさを読み解き、それとは対照的に幸福度高く生きる東南アジアの人々の考え方を紹介している。
「もともと桐島洋子さんの『マザー・グースと三匹の子豚たち』に影響を受けて、人生の一時期は海外で子育てをしたいと思っていたんです。一人息子が小学1年生のとき、現地に住む友人に誘われたのを機にマレーシアへ。最初は1、2年くらいの予定で、本当にトランクだけ持って行った感じです。今から考えると、ほとんど何も考えてなかったですね」
マレーシアに住み始めた野本さんがすぐに気づいたのは「街で怒っている人が少ない」ということだった。
「こっちでは、怒っていると無視されます。感情のコントロールができない人は面倒くさいから後回しにしよう、という文化。日本でよくある『ゴネ得』という概念もないので、怒った本人が損をします」
当初は緩い時間感覚やライフラインの不具合に不満を感じることもあったという。しかし、マレーシアで生活する上で大切だったのは本書のタイトル通り、「まあいっか」の精神。それは寛容性とも言い換えられる。現地の感覚に適応した結果、日本にいたときに比べてストレスは劇的に減った。
「多民族国家のマレーシアでは、民族や宗教によって正解や常識が違うというのがデフォルト。それが、過剰な要求をしないということに繋がっていると思います。とても貧しい人も、ミャンマーからきた難民もいる。母国がずっと戦争中で学校に行けなかったような人がすぐ近くで働いているかもしれないと思ったらお店の人に対して『そんなこと常識でしょ』とは言えない。寛容にならざるを得ないんです」
一方、日本は日常生活においてもビジネスの面でも、要求水準の高さが世界随一。それゆえに苦しんでいる人が多いのではないかと野本さんは語る。
「日本人ってすごく真面目なんです。例えば学校の先生は、親のちょっとしたクレームにもしっかり対応してくれる。でもそのたびにルールを作って運用して、っていう風にやっていると仕事がどんどん増えていく。社会の側からの『ちゃんとして』というプレッシャーが強すぎて、余裕がなくなっているのを感じます。それが今、大きな問題になっているのかなって、外から見ると思うんですよね」
きちんとしていなくても怒る人が少ないマレーシアと、電車が遅れるたびに駅員が謝っている日本。野本さんは、世界的に見ると日本社会の方が特殊なのではないかと思ったという。
「実は私も、日本に行くと日本人に戻っちゃうんです。自販機で前の人が小銭入れるのに手間取っているとイライラしたり。成田空港に降りた途端、いろいろなアナウンスが聞こえてきて、貼り紙もすごく多い。いつも『ああしなきゃ、こうしなきゃ』と考えているような気がします。そして、私がいちばん気になるのは、日本では子育てをしている人がハッピーに見えないこと。『ちゃんとしている』ことを求められる社会のなかで、いつでもちゃんとできるわけではない子どもを育てることに窮屈さを感じる人が多いんじゃないかと思います。でも、世界はどんどんグローバル化しているし、日本とは違う文化や考え方だってたくさんある。この本が視野を広げる助けになったら嬉しいです」
のもときょうこ/早稲田大学卒業後、保険会社を経てアスキーで編集に携わる。2012年にマレーシアに移住。現在はnoteやVoicyなどで同国の生活や教育情報を発信している。著書に『日本人は「やめる練習」がたりてない』『子どもが教育を選ぶ時代へ』など。