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すでに退職した会社の名刺を配り続ける「元エリート商社マン」のヤバさ「名刺を渡すときに、もともとはここの人間だ、って説明しているから大丈夫」

『50歳の壁 誰にも言えない本音』 #2

2023/02/21
note

“知名度の低い中小企業に再雇用された男性社員は、なぜ前職の名刺を配り続けるのか……?

 大企業時代の栄光を捨てられない元エリート商社マンのエピソードを、健康社会学者の河合薫氏の新刊『50歳の壁 誰にも言えない本音』より一部抜粋してお届けする。(全3回の2回目/#1#3を読む)

なぜかつてのエリート商社マンは、“退職した会社の名刺”を配り続けるのか? 写真はイメージです ©getty

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昔の名前で出ています

 会社員と切っても切れない関係にあるのが、「名刺」です。

 名刺は中国から広まり、日本では江戸時代に訪問先が不在時に、和紙に名前を書いて、来たことを伝えるために使われていました。明治時代には上流階級の社交アイテムになり、戦後から身分証明として、会社員の間に急速に広まったとされています。

 あの小さな紙切れを渡すだけで、「自分が何者か?」の証明になるのですから、考えた人は大したものです。しかし、身分証明であるがゆえに、あの1枚に固執する会社員は少なくありません。

・親会社の人事部⻑だった人が、再雇用でうち(子会社)に来た初日に、親会社時代の名刺を社員全員に配っていた
・再雇用で来た人の歓迎会をやったときに、お店の人に前職の名刺を渡していた
・定年退職する半年くらい前から、総務に何回も名刺の発注をかけていた

 などなど、名刺にまつわる珍エピソードはこれまでにもたくさん聞いてきました。

 リモート会議が主流となったコロナ禍のもとでは、「上司が、『リモート会議だと名刺交換もできないから、うちの会社から私(部長)が出てることを向こうはわかってない』と不満げに言うので、上司だけ顔を出して、私たち部下はビデオオフで会議に参加することになった」と嘆く人もいました。

 たかが名刺、されど名刺。会社員の名刺問題は、ちょっとだけ切なくて、それでいてかなりバカバカしい。本人が気づいていないだけに、面倒だったりもします。

“知名度の低い中小企業”(本人談)の課⻑、宮田さん(仮名)48歳がぼやく珍エピソードも、その一つです。

宮田さんの証言「退職した会社の名刺を渡す“部長待遇さん”」

──某大手商社を定年退職した人が、うちの会社に再雇用されたんです。最初は役職なし、と聞いていたのに、入社時に部⻑待遇になった。トップ経由で迎えた人なので、それなりの肩書きを付けないと申し訳ないだろう、ってことになったそうです。まあ、その辺りの事情は私たちが知ったことじゃないし、当初はランチするときのネタみたいなものでした。

 ところが、顧客と名刺交換する際に、前職の名刺を出していたことがわかったんです。“部長待遇”って書いてある今の会社の名刺があるのに、「どーも、どーも」とか言いながら、退職した商社の名刺を渡していました。さすがにこれは問題だろうと上⻑に注意してもらいました。そしたら、その“部長待遇さん”、なんて反論したと思います?