文春オンライン

首都圏の北半分をまわる“ナゾの路線「武蔵野線」の途中駅”「南越谷」には何がある?

2023/02/20

genre : ニュース, 社会,

note

 広場の向こうはいかにも市街地、商業地といった趣で、カラオケ店からチェーンの飲食店、パチンコ店から居酒屋などなど、だいたいの首都圏の駅前にあるようなものがここにもひととおり勢揃い。その市街地の路地のような道を抜けてゆくと、サンシティ越谷と名乗る市民ホールと、その傍らにはイオン南越谷店……。

 
 

 かくのごとく、南越谷の駅前、南東側は典型的な郊外の駅前繁華街が形成されている。乗り換えのついでに……というとさすがにちょっと手間がかかる感もあるが、この駅周辺に住んでいる人ならば駅ビルを含めた駅周辺だけでたいていの用事を済ませることができるという、なかなかよくできた構造の町なのである。

駅前から繁華街を抜けて東に歩いていく。5分も歩けば…

 そんな南東側の駅前から、繁華街を抜けて少し東に向けて歩く。駅前の幅員の広い大通りは、5分も歩けば一層の大通りにぶつかる。その角にある大型パチンコ店は、かつて南越谷OPAがあった跡。そして大通りは、埼玉県道49号線……というよりは旧日光街道といったほうがわかりやすいだろう。

ADVERTISEMENT

 

 旧日光街道は、いまでは国道4号(越谷付近では草加バイパス)に継承されている江戸時代以来の五街道のひとつだ。越谷の町のルーツも日光街道にあり、旧越ヶ谷宿が東武スカイツリーライン越谷駅の近くにあった。といっても、今回の舞台は南越谷。日光街道は、ただの大通りとなっていてかつての宿場まではまだ距離がある。

旧日光街道を少し北に歩いて高架をくぐると、何やら見えてきたぞ…

 旧日光街道を少し北に歩いて武蔵野線の高架をくぐると、左手に突然なにやら開けたゾーンが見えてくる。周辺を行きかっているのは大きなトラックばかりだ。

 トラックが出入りしている方向に進むと、そこにあるのは越谷貨物ターミナル。武蔵野線にくっついている、貨物列車の専用駅である。

 

 もともと、武蔵野線は貨物列車のために建設された路線であった。いまでは都心部で貨物列車を目撃することなどほとんどないが、昔々は都会の真ん中を貨物列車も我が物顔で走っていた。

 ただ、お客が増えるに連れて貨物列車が走る余裕がなくなって、まず作られたのが山手貨物線。いまは湘南新宿ラインが走っている線路がそれだ。そしてそれも限界に来て、都心の真ん中を通らずに貨物列車を走らせるために、武蔵野線が建設された。計画そのものは戦前からあったようだが、具体化したのは戦後になってから。

 1964年に着工し、1973年に府中本町~新松戸間が開業した(同時に貨物支線もいくつか開業している)。武蔵野線がそれぞれの町の中心ではなく、少し外れた場所を通っているのは、旅客よりも貨物を優先した“貨物列車のための路線”という趣旨に基づくものだったのだ。