本名を名乗ったHのザックの中身
私は男に呼びかけた。「H君」。ギクッとして私のほうを見た男は、アバタのある赤ら顔で、写真の「H」に間違いはなかった。「ずいぶん捜したんだぞ、でもとうとう捕まえた」と言うと、Hは黙って下を向いた。
犯人は考えていたより華奢でひ弱そうな男であった。だからこそ単独で登っている高齢登山者だけが狙われたものだろう。
Hはそのまま青梅署に護送されていった。私は奥多摩交番に戻り、今日は週休で公舎にいる田口救助隊長にH逮捕の報告をした。
午前中、大丹波周辺をパトロールしていた山内隊員は、パトカーの中から奥茶屋方向に歩いていく男性登山者とすれ違った。「登山にはちょっと遅すぎるな」と思ったとき「ンッ」ときた。「似ている」。すぐに近くをパトロールしているはずの有馬小隊長を無線で呼んで、パトカー2台で後ろからソッと近づき声をかけた。
「ギョッ」と驚いた様子の男も、平静を装って名前を問われると「Hと言います。川苔山に登るところです」と本名を名乗ったという。ザックの中を見せてもらうと、なんと中には血のついたタオルで巻かれた鉈が1丁、包丁が2丁、金槌が1本、ナイフが1本入っていたという。もちろん食料や金はまったくなかったから、第3の犯行を企て山に入ろうとしていたことは間違いない。Hは狂暴な性格であることに違いないが、スラスラと本名を名乗ったりしているところからみて、そう複雑な人間ではないのだろう。
つらいときもあったが、やった甲斐があった
諦めることなく執拗に林道周辺のパトロールを続け、犯人が山に入るその一瞬のチャンスを見逃さず、第3の犯行を水際で食い止めることができたことは幸運であった。
そしてなにより私としては、山岳救助隊員による逮捕がうれしかった。だれが捕えても同じことなのだろうが、いままで長期間、山岳救助隊員が山の中を駆けずり回って、町中で刑事課員に逮捕されたのでは山岳救助隊員の士気に影響する。
「つらいときもあったが、やった甲斐があった」と思えればそれでいいと思う。
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