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奥多摩で2件目の強盗傷害事件発生…「この男に間違いない」“無職の山賊”(55)を捕まえた山岳救助隊員の“執念”

『侮るな東京の山 新編奥多摩山岳救助隊日誌』より #2

2023/02/25

genre : ニュース, 社会,

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小柄な50歳くらいのアバタ顔の男

 Tさんは2日前の6月6日にヨコスズ尾根から天目山に登り、一杯水避難小屋に泊まった。当日小屋を利用した登山者は5名だったという。昨日の7日は酉谷山を登りにいき、一杯水避難小屋に帰ってきたのは午後1時ごろであった。

 午後3時ごろ、小柄な50歳くらいの登山者が1人小屋に入ってきて、昨夜の宿泊は2人のみであった。アバタ顔のその男は、あまり話もせず、小屋のストーブでお湯を沸かし、アルファ米の夕食を済ますと、早々に寝てしまった。

 今朝Tさんは午前4時ごろ起床し、朝食を作りそれを食べていたら、男も起き出し鉈で木の枝を切っていた。

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 朝食を終えたTさんは、川苔山を経由し古里に下りようと、午前6時、男に「お先に」と声をかけ小屋を出た。小屋の前の坂を下っていると、いきなり後ろから後頭部にゴツンという強い衝撃を受けた。後ろに振り返ろうとしたとき、また堅いもので頭を殴られた。振り返ると、小屋に泊まったアバタ顔の男が鉈を振り上げ、鉈のミネのほうで頭を殴ってきた。必死でかわし、男の鉈を持っている手を両手で押さえたが、こんどは拳で左目付近を何回も殴られた。

 このままでは殺されると思ったTさんは「なんでだあ」と叫んで、鉈を持っている手を必死で押さえていると、男の力が緩み「4日食っていない」と言った。Tさんは咄嗟に金を渡せば助かるのじゃないかと思い、「金ならバッグにある」と言って地面に落ちているポシェットを拾い、中からビニール袋に入った1万9000円を渡すと、男はそれを奪い取り一杯水避難小屋のほうに無言で戻っていった。

気が動転し、助けを求められず

 Tさんは「助かった」と思い、蕎麦粒山方向に必死で逃げた。途中一杯水の水場まで来て、鉈のミネで殴られた頭をタオルで拭くと、ベットリと血がついてきた。何回もタオルを濯ぎ、頭や顔を拭きながら長いあいだそこで休んでいた。

 Tさんは3時間ほどそうしていたが、古里に下るより日原に下りたほうが早いと思い、おそるおそる一杯水避難小屋に引き返し、小屋の中を覗いたが男はいなかった。

 Tさんは身体に脱力感を感じ、小屋に入り横になって休んでいた。そこへ夫婦連れの登山者が小屋に入ってきてなにか話しかけてきたが、Tさんは気が動転していたのか「小屋に泊まりにきたんだ」などと訳のわからないことを言っていた。なぜ夫婦連れの登山者に助けを求めなかったのか、自分でもわからなかったという。

 夫婦連れの登山者が小屋を出ていってしばらくしてから、小屋の捜索に登った田口救助隊長などに発見され、救助されたというものであった。

写真はイメージです ©AFLO

 登山者の敵であるこの山賊男を、なんとしても逮捕しなければ警察の不名誉だけでなく、山岳救助隊としてのメンツが立たない。なによりも好きで奥多摩を訪れる登山者が山に登れなくなる。