20世紀の「緑の革命」が破壊したものから、日本の農家の人々がもつ知恵まで――。『ルポ 食が壊れる』が話題を呼ぶ国際ジャーナリスト・堤未果さんと、新著『猿声人語』を上梓した霊長類学者・山極寿一さんが、食をテーマに語り合った。
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「1万個以上のゴリラの糞を洗いましたね(笑)」
山極 堤さんの新著を読ませて頂きましたが、ジャーナリストならではの食の問題への切り込み方が非常に鋭い一冊でした。僕自身の研究の接点としてまず一番気になったのは、環境再生型農業のさまざまな取り組みを扱ったくだりの「腸内細菌」についてでした。
堤 ありがとうございます、山極先生にそう言って頂けて光栄です。そして腸内細菌! いきなり本の核心部分きましたね(笑)
山極 実はね、僕はゴリラの調査の大半を、ゴリラのうんこを洗って過ごしてたんですよ。ゴリラはなかなか見つけにくいし人間に慣れてくれるまで時間がかかるから、その糞跡を追って糞を拾い、キャンプに持ち帰って中身を調べ、そこから腸内細菌を取り出して培養することをチームでやっていました。もう1万個以上ゴリラの糞を洗いましたね(笑)。
堤 1万個以上のゴリラの糞を洗って……!
山極 洗って内容物を調べるわけですよ。そうするとフルーツの種が一番たくさん出てきます。ゴリラって繊維質の植物ばかり食べているイメージがあるけど、フルーツが大好きです。しかも、猿は熟さない未熟な果実も食べられますが、ゴリラは熟さないと食べられないので、植物にとって好都合なんですね。熟した果実は種の準備ができているから、肥料と一緒に蒔いてもらっているようなものなんです。
ゴリラと植物は長年かかって共生し、共に進化を遂げてきた関係があります。例えばゴリラに食べられるフルーツの種は、飲み込んでもらいやすいように出来ている。
もともと種子散布は、歯がない鳥がフルーツをそのまま飲み込んで種を空から撒いていたのですが、歯も手もある猿が出てきてフルーツを食べ始めると、美味しい果実の部分だけ食べて種をペッペッと親木の下に落としてしまう。すると発芽しませんから植物は動物にそのまま飲み込んでもらいやすいよう、果肉が種からはがれにくいよう工夫したんです。
堤 面白いお話ですね。ゴリラとフルーツが、お互いにお互いの力をうまく使うために工夫しながら、長い時間をかけて進化してきたなんて。聞いていて、「食べる」ということそのものが、全く別のレンズで見えてきました。