「18歳と偽って、置き屋の尞に住み込みました。いろんなホテルに派遣されて、宴会しているオジサンたちにお酌して。ピンクコンパニオンじゃありません。飲ませて盛り上げるだけでいいのでけっこういい仕事。若いし人気もありました。スズが話術の天才なんですよ。スナックなんかで働いたら入店1カ月でナンバーワン取っちゃうくらい」
僕は会ったことがないが、スズは廣瀬が自慢するほどの美人で、水商売の才能があるそうだ。客を乗せたりあしらったりするのがべらぼうにうまく、その気になれば男を手玉に取るなど朝飯前だと太鼓判を押す。
スズとのつながりが第一だった
ふたりの親密さを、廣瀬なりに説明してもらった。
「家出する前、スズに彼氏がいて、すると私はその彼氏の友だちとつきあうんです。逆に私にべつの彼氏ができたら、スズは彼氏を捨てて私の彼氏の友だちとつきあう。すると4人で遊べるでしょう。それくらい、スズとのつながりが第一だった。好きな人がかぶることもないんですよ。つまり、私もスズもつきあっていた人が好きなのではないの。要はふたりで一緒にいられるかどうかが大事で、恋愛に対して純粋じゃないからすぐ乗り換えられるんです。まあ、相手の男も私たちに惚れてはいないのでお互いさまなんだけどね」
コンパニオンの生活は4カ月後、年齢がバレて即刻クビになった。もし気づかれなかったら、まだしばらくは働いただろうと廣瀬は目を輝かせる。本当に楽しかったと。
温泉街でコンパニオン。はたから見たら何やってんだのひと言だろうし、返す言葉はない。鼻の下を長くした温泉客たちにちやほやされるのが嬉しいのかと思われそうだ。ずいぶん酒に強くなったけど、それも大したことじゃない。大金を稼げる仕事でもなかった。理由はひとつ。朝から晩までスズといられたからだ。ハッピーな出来事のない中学時代において、燦然(さんぜん)と輝く時間。誰にも邪魔されずにスズと親密でいられたこの期間は、いまでも廣瀬のいい思い出だ。
「スズは一時、母の店を手伝ってもらったり水商売をしていたこともあったけど、いまは資産家の愛人になって新築の一戸建てで暮らしてます。さすがでしょ?」
ちなみに、本名の伸恵を野暮ったく感じていた廣瀬は、このときにつけられた明美という源氏名(げんじな)を気に入って、コンパニオンをやめたあとも使い続けた。いまでも「廣瀬さん」より「明美さん」と呼ばれることのほうが断然多いそうだ。
ヤクザの出入りが増えていた古河の一軒家
ひさしぶりに古河の一軒家に戻った。よく知った顔もあれば、新しいメンバーもいる。当面行き場のないふたりは、ここでしばらく過ごしつつ今後のことを考えるつもりでいたが、以前とは雰囲気が変わっていた。ヤクザの出入りがいっそう増えていたのだ。
たとえば廣瀬が悪いことで一番になりたいと思うときに、脳裏に浮かべるのはケンカやシンナー、暴走族あたりである。人間関係も、基本となるのは仲間たち。男女関係が乱れがちとはいっても、同世代同士は乳繰(ちちく)り合って「好きだよ~」といまを楽しむ。そこには周到な計算も金銭のやり取りもない。
その点、プロははっきりと異なる。
「すべてお金。私たちが同世代の男の子と遊ぶと『人の女に』と金を取る。私という存在をお金として考えているので怖さが違うんです。必要とみなせばレイプもされる。同世代でそれはないですもん」
ここに長くいるのは危険だ。いったん家に戻ろうか。それともスズとどこかに行こうか。そう思うようになったとき、考えられないことが起きた。暴力団の男にさらわれてしまったのだ。
またまた新展開である。さらわれるってどういうことなんだろう。