妊娠中に突然、執筆
宮下 ホルモンが書かせた、と言っています(笑)。文學界の新人賞に応募したのは、選考委員に辻原登さんがいらしたので、読んでいただけるかな、という理由でした。
瀧井 それが佳作となりデビューが決まったわけですが、3人のお子さんを育てながらの執筆活動は大変ではなかったですか。
宮下 最初の頃はほんのちょっとずつしか依頼がなかったので、いいペースで仕事ができたんです。
瀧井 今回、ご家族の反応はいかがでしょう。
宮下 家族も驚いていましたが、まだピンときていないようです。夫はいつも読んで「面白かった」と言ってくれるんですけれど、この小説に対する「面白かった」は力の入り方が違ったので、本当に面白かったんだろうな、って(笑)。子どもには読ませないんですよ。最初は「あなたたちにはまだ分からないから」ということでしたが。
瀧井 今おいくつですか。
宮下 上の息子が高3、娘が中1なのでもう読める年頃です。でも彼らが読むと思うと意識して話をきれいにまとめそうになるという、自分に対する恐れがあります。だから「絶対に読まないで」と言っています。
瀧井 執筆時間はお子さんたちが学校に行っている間でしょうか。
宮下 みんながいても書いていますね。うちの家族はみんなリビングにいて、自分の部屋に行かないんです。音楽がかかっていてもテレビがついていても平気です。2歳になりたての柴犬が散歩を催促する視線だけは気になりますが(笑)。
瀧井 みなさんいつも一緒なんですね。「宮下さんの家族って素敵」という噂はよく耳にしていましたが、やはり……(笑)。
宮下 いえいえ、そんな。
瀧井 前に雑誌の震災特集に「私は今まで通りこの子たちの親として、一人の市民として小説を書いていこう」と書かれていましたね。
宮下 あ、「市民」という言葉を使ったことは忘れていました(笑)。でも本当にそう思います。住んでいる場所にも、少しでも貢献しつつ暮らしていきたいので、何かの形でちょっとずつ恩返しができたら。本当に、これからが大事ですよね。頑張っていきたいです。
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