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瀧井 ピアノは羊の毛でできたフェルトのハンマーで弦を叩く楽器なので、そのフェルトのことを指して言ったんですね。

宮下 そうです。「昔の羊はいい草を食べてのびのび暮らしていたから、毛がすごくいいんですよ」って。調律師の人はこういう言葉でしゃべるんだ、と興味を持ちました。でもそこで具体的にどう物語にするかは浮かんでいませんでした。

瀧井 他にもきっかけがあったわけですか。

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宮下 2013年の1年間、家族で北海道の山の中で暮らしたんです。とにかく景色が素晴らしく、こういう場所にいると言葉が要らないな、と感じていました。さらにある時「そういえば音楽もダイレクトに感動が伝わるから、言葉が要らないな」と気づいて。私は言葉を使って物語を作る仕事をしているのに、私の好きな自然も音楽も言葉は要らない。じゃあ、このふたつを結び付けたらすごくいいものが書けるんじゃないか、と思いました。今もこう話しながら説得力がないなと思いますが(笑)、なぜ書けないものをふたつ結びつけるといいものが書けると思ったのかは今でもよく分からないんです。でも、その時に「あ、私は調律師の話を書きたかったんだ、じゃあ森で調律師が生まれる話を書こう」となりました。

瀧井 それで舞台は北海道になったんですね。主人公の外村(とむら)君はピアノに触れたこともなかったのに、高校生の時に学校に来た調律師、板鳥さんの作業を見て魅了され、自分もこの道に進もうと決意します。この主人公の人物像はどう考えていましたか。

宮下 最初は何も持っていない17歳の少年として登場して、そこからどんどん調律されていくイメージでした。すごく主張が強いわけではない人のつもりで書いたのですが、「彼はすごく主張が強い」と言った人が一人だけいて。それが瀧井さんなんですけれども(笑)。

瀧井 あっ(笑)。確かに以前この『週刊文春』の書評で「時には一人称だからこそ、彼の自意識が肥大して感じられるが、そこにこそ特別な才能を持たない人間の愚直さが現れており、心を寄り添わすことができるのだ」と書きましたね。

宮下 それを読んで、そうなのかもな、と思って。私は、彼は自分のことより調律のことばかり考えている人だと思っていたんです。自分が格好よくなりたいとかモテたいとかお金儲けしたいとかは考えていない。でも、確かに職人としての自意識の強さというのは、すごく強かったのかな、と。

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