はなさんも高校受験。安武家の夕食に変化が
──強い信念は、千恵さん譲りですね。
安武 時間が合わず、一緒に夕食を囲むことが難しくなったんですが、千恵がいつも言っていた「きりかえ、きりかえ」の言葉を思い出し、手作りの夕食をいち早く準備できるよう、時短料理に取り組み始めました。週に1、2回、最近注目を集めている食材宅配サービスを活用しています。配達日の午後、その日の分の食材が玄関先に届くのですが、15分ほどで3品が完成する日もあります。時短料理を通じて、頑張り過ぎない生き方の大切さが身に染みました。
やる気になっている勉強に打ち込ませてあげたいので、千恵の四十九日後から、はながずっと続けていた朝食のみそ汁づくりも、受験が終わるまで僕が引き受けることにしました。
──お仕事もあるので、肉体的にかなり大変なのでは?
安武 はい、頑張りすぎて一度ダウンしました。風邪気味で、ずっと薬を飲みながらごまかしていたんですが、朝どうしても起きられなかった日があったんです。そうしたら、目を覚ました時に、完璧な朝食が並べられていたんですよ。驚いて、はなに聞いたら「パパの姿があまりにも痛々しくて見とられん」って。こんな朝ごはん作ってもらって、優しい言葉かけてもらって、うっかり「もう高校なんてどうでもいい。これだけできれば大丈夫」と言いそうになりましたが、せっかく頑張っている娘の努力に水を差すことになるので、それは我慢しました(笑)。
ひとり親の子育ては、地域の人との連携が欠かせません。お世話になったのが、自宅近くの飲食店「ふぁむ」。千恵がいたころから行きつけのお店です。僕の帰宅が遅くなったとき、小学3年の夏頃からはなはここで夜を過ごしました。「自宅で一人寂しく晩ご飯を食べる娘に申し訳ない」と「ふぁむ」を経営する小山世都子さんへ悩みを打ち明けると、「うちの店で預かってあげるわよ」と言葉をかけてくれたんです。小山さんはカウンター越しに、はなの様子をのぞきながら、宿題を終えた絶妙のタイミングで、地元の新鮮野菜をふんだんに使った手作り料理を出してくれていました。
──どんどん大人になっていくはなさんの姿を見るのは、嬉しい反面、少し寂しく感じるのでは。
安武 確かに、はながすくすくと育っていくのは、父親としてこの上なく嬉しいことですが、一抹の寂しさもあります。
いつかボーイフレンドを自宅に連れてきたら、どんな顔をすればいいんでしょう。しっかり子離れできるように、今から自分を鍛えておかないといけませんね。
──はなさんがお嫁に行くときに、渡したいものがあるんですよね。
安武 千恵がぬか漬けを作っていた時のぬか床です。何があっても、これだけは毎日欠かさずかき混ぜています。はなが結婚する時に持たせてあげたいと思って。だけど、本当に嫁に行ったらどうしよう……。って、まだ中学生なので、心配しすぎか(笑)。
写真=末永裕樹/文藝春秋
(#3に続きます)