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苦しみながらも活路を開いてきた宮城県の漁業者たち

 課題が多かった分、成果が出始めるとプラス面に働いた。個人で経営していた時より、統一された品質のノリが多く出せるようになり、規模が大きな取引先が注目してくれるようになった。

 仲間との役割分担も進み、効率化できた。震災前は朝から海に出てノリを摘み、午後は乾燥機を回して、また海に戻ってイカダのメンテナンスをするという作業を、全て1人でやらなければならなかった。それが、海の担当、乾燥機の担当と分けられるようになり、「体はだいぶん楽になりました」と寺沢さんは話す。

 家業では到底考えられなかった従業員の雇用もできた。ノリには全く関係のなかった山形県出身の若者が2人も就業し、跡継ぎがいなかった寺沢さんは心強いばかりだ。

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 こうして手探りで新しい形を模索してきたのが、この12年間だった。

 寺沢さんだけではない。宮城県の漁業者の多くが、苦労を重ねながら、活路を切り開いてきた。

 宮城県の海面漁業生産量は震災前、漁船漁業と養殖を合わせて全国第2位を誇っていた。

ノリ養殖の作業風景(七ヶ浜町吉田浜、宮城県漁協提供)

 今年2月に発表された政府の海面漁業生産統計調査(2021年)によると、漁船漁業は宮城県が全国第5位、養殖では第3位と被災前に迫る勢いだ。「まだまだ復興の途上で、伸びしろがあります」と寺沢さんは力を込める。

 もちろん補助金を使い、多くの人に支えられてもきた。「しかし、私達は一度壊滅し、何らセーフティーネットもないところから頑張ってきたのです」と寺沢さんは語る。

 こうした宮城の漁業再生の推進力になってきたのは漁師の底力だ。宮城県庁の水産担当者は「宮城には漁師らしいガッツのある人が多い」と言う。個々の漁師の頑張りと努力こそが復興を支えてきたのである。

福島第一原発「処理水」の放出が起こす新たな風評被害

 にもかかわらず、新たな風評被害にさらされようとしている。

 東電福島第一原発が「処理水」を放出するというのだ。処理水とは、溶けた核燃料の暴走を抑えるための冷却に使われた放射能汚染水を、ALPS(多核種除去設備)で排出基準以下まで浄化したもののことだ。「多核種」のうちトリチウムは取り除けないので、海水で希釈して放出するという。トリチウムは飲み水などにも含まれており、政府や東電は処理水の濃度は十分に安全なレベルとしている。

 だが、風評被害は必ず起きるとも指摘されている。こればかりは、漁師の努力ではどうにもならない。

 国策と国策企業の失敗が、復興の妨げになりかねないのである。

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。