東日本大震災による津波で船だけでなく家まで失い、ゼロどころかマイナスから再出発した宮城県の漁師達。苦労は並大抵ではなかった。しかも、この12年間で漁師の数は3割も減ったのに、震災前に迫るほどの漁獲量を復活させたというのだから驚きだ。

「多くの方に支援をいただきました。補助金など行政の助けもありました。そしてなにより、それぞれの漁師が大変な思いをして漁業を復活させてきました。つまり宮城の漁業は特別な存在なんです。だからこそ将来につなげていきたい」。宮城県漁協の組合長、寺沢春彦さん(60)は力を込める。

 だが、隣の福島県で大事故を起こした東京電力福島第一原発が今年の「春から夏頃」に「処理水」の放出を始める予定だ。風評被害は必ず起きると指摘されている。宮城の漁師はまた痛めつけられるのか。

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 迫り来る「危機」を前に、漁師の気持ちを寺沢さんに代弁してもらった。

春、ワカメが水揚げされる時期になった(宮城県・牡鹿半島)©葉上太郎

「まず、漁業に対しては多くの誤解がないでしょうか。例えば漁師は海ならどこでも魚を獲っていいと思われていないかと」。寺沢さんが投げ掛ける。

 漁師には「庭」がある。「特に沿岸漁業は、共同漁業権(漁協組合員の漁業権)、区画漁業権(養殖の漁業権)といったエリアの中で行われています。『目の前の決められた海』でしか漁業を営めないのです」。

 海続きの福島県で「処理水」を流されたら、避けようがない理由である。

風評被害が深刻になれば地元漁師たちは…

 漁業は投資額が大きいのも、あまり知られていないかもしれない。漁船には巨額な建造費が掛かり、漁師は借金を抱えるのが常だ。漁具をそろえるにも経費が必要で、燃料費や人件費も安くはない。船舶保険の支払いも結構な額になる。魚が獲れ、市場で売れて初めて生活費が賄え、借金が支払える。そもそも津波で全てを失った漁師は今もまだ借金を抱えている人が多い。