寺沢さんは政府の「対策」にも不快感を隠さない。「国は風評被害を起こす当事者なのに、フェイドアウト(徐々に消えること)しようとしているのではないか」と言う。
政府は風評被害で値下がりした水産物を一時的に買い取り、冷凍保管するための基金を設ける対策案をまとめた。
「最初は国が一時買い取りをするのだと、我々は理解していたんです。ところが、価格が一定程度下がったら漁協が買い支え、冷凍などの経費の一部を政府が支援するという内容だったというのです。政府の担当者は『最初からそういう段取りでやっていました』と言っていますが、私は聞いていません。そもそも買い取って冷凍すると言っても、どこに冷凍倉庫の空きがあるのか。津波で被災して以降、この辺りには余分な冷凍庫などありません。では、政府に新たな倉庫を造る気があるのか。しかも、こうした事業は担当の職員がいなければできないほどのレベルです。国は人件費も負担してくれるのか。冷凍した水産物は経済動向を見ながら販売することになりますが、もしその時に漁協が損を出したら、組合員の漁師にツケが回るのです。私には国が関与を減らそうとしているようにしか見えません」
風評対策の催しについても、寺沢さんは疑問視している。
「何十年後の漁業を背負って立つ人を困らせたくない」
「イベントなどを行ったら政府が支援する。これが国の施策の流れです。でも、風評被害は国のせいで起きる。なぜ、被害者がイベントを催すなどして苦労し、加害者が費用の一部を支援してやるという態度なのか。本来政府がやる仕事なのに」
寺沢さんは今後、賠償交渉が始まったとしても、簡単には折れないつもりだ。
「だって廃炉作業が終わるまで、これから何十年と海洋放出を続けるのでしょう。いずれ私はいなくなります。今あやふやなことをして、今後の漁業を背負って立つ人を困らせたくありません」
原発というと、とかく社会は福島に関心を寄せる。
「全体が“福島目線”になっています。確かに福島の問題は極めて大きい。でも、福島が了承すれば、全て了承されたかのようにとらえるのは間違っています。宮城には宮城の事情と思いがあります。そもそも宮城の漁業者は変なことをしてきたわけではありません。震災後はむしろ頑張ってきたのです。自然が相手だけにリスクを抱えながら漁を再生させてきたのです。なのに、なぜ生活を脅かされなければならないのか」
被災から12年間の苦労がにじむような言葉だ。
「私達はこれまでと同じように、ただ普通に漁を続けていきたいだけなのです」。寺沢さんはそう結んだ。
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