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 宮城県では養殖が盛んだが、稚魚や稚貝を網で囲った海に放り込んでおけば勝手に育つというものでもない。「出荷できるまでには経費がかかり、水揚げしてようやく支払いができるのです」と寺沢さんが説明する。#1で取り上げたホヤは、養殖イカダに吊るすまでに1年、それから水揚げには最低でも3年必要だ。寺沢さんは「下手をしたら、水揚げまではずっと借金です。最終的に風評被害で売れなければ借金だけが残ります」と話す。

 宮城県では石巻港や気仙沼港などの魚市場が、他の港を母港とする漁船の水揚げ誘致に力を入れている。例えば、黒潮と共に回遊するカツオの群れを追いかける「近海カツオ漁」の一本釣り漁船は、初夏から秋にかけて気仙沼で水揚げする。

「太平洋の漁場から水揚げしやすいという地理条件もありますが、仲買人が集まって高く買ってもらえるというのが大きな理由です。それなのに処理水の影響で風評被害が出れば、仲買人も漁船も他の港に移ってしまうでしょう」

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 サンマも似た構造にある。東京都目黒区で毎年行われている「目黒のさんま祭」には気仙沼で水揚げされたサンマが使われている。だが、サンマ漁が行われるのは気仙沼沖の太平洋だけでない。群れは季節によって北海道・北方4島沖から房総沖へ移る。原発事故が発生した当初は福島県での水揚げが敬遠された。風評被害を避けようとしたのが理由の一つだったが、またこうしたことが起きないとも限らない。

©葉上太郎

「宮城県産品は食べない」という家庭も

 これまでも風評被害がなかったわけではない。

「宮城県産品を食べない家庭があるというデータもあります。風評被害は続いているのです。そうした現状があるのに、『処理水が流されたら、宮城の水産品は敬遠する』と言われた漁師が既にいます」と寺沢さんは話す。

 このような影響が想定されるにもかかわらず、寺沢さんは政府の広報が不十分だと感じている。

 処理水とは東電福島第一原発で使われた冷却水のことだ。同原発には溶けて固まった核燃料(燃料デブリ)があり、冷やし続けなければ暴走する。冷却に使われた水は放射性物質に高濃度汚染されるので、ALPS(多核種除去設備)で処理される。

 ただし、放射性物質の中でもトリチウムは除去できない。「ところが、トリチウムしか残らないようなイメージで受け止められています。実際には他の放射性物質も『規制基準値内』になるだけです。正しく理解されるよう、政府は努力しているでしょうか」と指摘する。

 政府・東電はトリチウムについて「自然界にも存在する水素の仲間。発生する放射線のエネルギーは非常に弱く、環境や人体への影響はほとんどない。さらに海水で大幅に薄めるので、国が定めた安全基準の40分の1、世界保健機関(WHO)が定めた飲料水基準の約7分の1未満になる」としている。