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作中で「最も罪深いモラハラ」は

――自分を見つめ直す前の翔のモラハラ場面は本当に腹が立ちました。本作で描かれたモラハラ描写のうち「これは本当にダメ!」と思った場面を1つ選んで教えてください。

中川 書いたものは基本的に全部ダメ、というか加害だとして書いていますが、とりわけ最も問題になると思うのは、翔が自らの行いを反省して彩と向き合い、彩もそれを受け入れ始めていたのに、翔が「お前が俺を怒らせているんだよ」と言ってしまった第5章の終わりの場面です。

第5章終わりの場面

 この言葉は、自分が行っている加害の責任を全て相手のせいにしています。

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 被害者の方は長く被害を受けているうちに、だんだん言いたいことを言えなくなっていきます。しかし加害者の変容が進んでいく中で「今なら受け止めてくれるかもしれない」と、勇気を持って自分の思っていることを言ってくれるようになった相手に、また暴力的な言葉をかけることはとんでもない痛みを与えます。

 人が学び変わることを信じられなくなるほど、人を真の意味で絶望させることはないのではないでしょうか。そのような点で、僕は第5章のラストのモラハラが最も罪深いものだったと思います。

――だんだんと変わっていく翔、翔の変化を戸惑い恐れながらも感じていく彩や娘の柚。翔の変化のきっかけとなった会社の上司や後輩、そして両親……。多くの人が登場しながら話は進んでいきますが、中川さんの中で印象に残っている、好きなエピソードはどの場面でしょうか。

中川 僕は翔の上司の鳥羽さんが「それが子供と話した最後になるかな」と言う場面が好きです。GADHAには、鳥羽さんのような人がたくさんいます。加害を自覚して変わろうとしたし、今も変わろうとしているけれども、もうパートナーからもお子さんからも関係を断絶されているケースです。

翔の上司の鳥羽さん

 僕は、そのような状況の人の話を聞くと本当に胸が苦しくなります。加害者の苦しみ、そしてそれ以上に、関係を断絶するしかないと思うに至るまで傷ついてきたパートナーやお子さんのことを思うからです。

 そうなったら、もはや加害者変容をする意味がないと思う人もいます。そう思う気持ちは自然なことだと思います。変わったって何したって、意味ない。自分は一人で孤独に死んでいくんだ、と。腐る気持ちもわかります。

 しかし鳥羽さんのように、自分の過ちを元に、関わる人たちを生きやすくするために、何か働きかけることはできると思います。そしてそれが、多くのケアの循環や往復を生み出すことになり、いつか、もう会えないパートナーやお子さんにも、その優しい関係性が届くかもしれません。綺麗事かもしれませんが、そんなことがあると信じて、人は学び変わっていくことができると願っています。

 そのような意味で、このエピソードは僕にとってとても特別で重要な場面でした。

加害者変容のためのコミュニティ「GADHA」

――加害者である夫の翔が自分を見つめ直す過程で大きな役割を果たした「モラハラ、DV加害者のための変容支援コミュニティ」。こちらの変容支援コミュニティについて教えていただけますでしょうか。

中川 GADHA(Gathering against doing harm again:もう加害をしない人の集まり)は、大きく3つの活動をしています。

 1つ目が、slack(編注:メッセージアプリ)でのコミュニケーションです。自分がやってしまった加害を振り返って反省したり相談するチャネル(編注:slackで会話をするために作る場所のこと)や、自分の変化やパートナーとのポジティブなエピソードをシェアするチャネル、自分の子供時代のトラウマや傷ついた過去について共有するチャネルなどを使ってコミュニケーションをとっています。

 2つ目が、オンラインでの当事者会です。顔出しはしませんが、slackで文字で話しているようなことを音声で話す場所になります。非常に多くの人が「自分だけじゃなかったんだ」「他の人も同じようにしているんだ」とはっきり感じるイベントのひとつになります。

翔が参加したオンライン当事者会

 最初は自分が加害者だとは認識していなかった人も、ここで自分がやっていたことを深く反省したり、人間関係が改善された人たちの話に触れることで、自分の加害者性を認め、変わっていこうとする動機付けが行われることも少なくありません。

 3つ目が、GADHAの加害者変容理論のレクチャーや、それを実践的に学ぶためのホームワーク、ホームワークを題材としたケーススタディを行うことを通して、集中的に自分の加害性を認め、どうすればケアの言動を取ることができるようになるのかについて考えるプログラムです。GADHAの活動の中で最も集中的な学びを行うための場所になります。