山野楽器からグランドピアノが届き、コンサートが開かれた
ついに工事が始まった。業者が現場に入る。足場が組みあがる。養生シートが張られ、資材が運びこまれる。
本堂は少しずつ新たな姿をあらわしていった。ひとたびは水没してしまったお堂の再建は、復興に向けて歩みだす被災地の光明でもあった。
工事が完了したのは12月中旬。発災から半年にも満たないあいだのできごとだった。
本堂の再建が終わると、高野寺は音楽を響かせる寺となった。
年が明けた2月には、二度のグラミー賞受賞を誇るクラリネット界の巨匠リチャード・ストルツマンと、国際的に活躍するマリンバ奏者のミカ・ストルツマン夫妻が、新しい本堂でボランティアコンサートを開いた。これは熊本県出身のミカが、眞理子の音楽大学時代の恩師だったことから実現したものだ。
そして2022年になり、3月に入ってすぐ、山野楽器からグランドピアノが届くのにともない、境内で復興イベントが開催された。各地の災害支援団体が協力したこのイベントでは、炊き出しや餅などが地域の人たちに提供され、ピアノを中心としたコンサートが行われた。
ピアノは再建を終えた集会所に運びこまれた。集会所の前には幼児から高齢者まで多くの人たちが集まり、音楽をとおして復興支援を行うグループ「芸術の都 ACTくま100」らの演奏に耳を澄ませた。
演奏が終わると、やってきたピアノを教室の生徒たちが囲み、次々と鍵盤に指を置いた。その表情に一気に笑みが広がった。
ショパン国際ピアノコンクールに出場し、現在はポーランドを拠点に活動する人吉市出身のピアニスト有島京がコンサートを行なったのは8月の終わりのことだ。彼女は演奏を終えると、このピアノはあたたかいと感想を語った。
「ここに来る以前にもたくさんの人が弾いてきたピアノなので、その気を感じて、有島さんはおっしゃったんだと思います。他の方も言いますよ、あたたかいねって。やはり生きてますから、ピアノは」
ピアノには時が刻まれている。そして弾くことにより、命が吹きこまれる。「弾いてあげると、生き生きするんです」と眞理子は言う。