昨冬のある日、群馬県前橋市で仕事のあと、夕食の場所を探して駅前のベトナム料理の店にふらっと飛び込んだ。雑貨店と一体化した小さな店で、若いベトナム人が貪るように「バロット」という孵化寸前のアヒルの卵を「ビアハノイ」で胃袋に流し込んでいた。ちょっとグロい庶民の味なので、日本人にはハードルが高く、普通の店ではまず見かけない。濃厚なベトナム空間がそこにあった。
この前橋も、本書の舞台「北関東」だったと、読みながら思い起こした。
家畜窃盗。無免許運転にひき逃げ。不法滞在。薬物使用。殺人まで。ベトナム人の犯罪が日本ではすっかり日常になった。
彼らの多くは、技能実習生や語学留学生として来日した。実態は日本が国家ぐるみで行なう非熟練労働力輸入の主役である。この制度、海外からは「現代の人身売買」と評判が悪い。
筆者は、中国問題を主戦場とするジャーナリストだ。いつの間にか、外国人問題の主役が中国人からベトナム人に切り替わり、調べていくうちに鉱脈を掘り当てたに違いない。本書は、道を踏み外したベトナム人との接触に特化したルポルタージュである。
各地で頻発する事件を端緒に、裁判記録やメディアの初報から当事者を探し当て、実態を拾い集めていく。人を傷つける重みすら理解しない女。「群馬の兄貴」と界隈で慕われる反社的な男。ベトナムの地下世界「北関東」の姿は凄まじい。
彼らが職場から逃亡したあとも野放し状態で生活し、悪事に手を染める背景に、労働法の枠外に外国人を置く「実習生」という中途半端な仕組みがあるのは明らかだ。だがそれはあくまで上から目線の見方。筆者は地を這う取材でリアルな現場を突きつけ、容赦なくベトナム人たちの身勝手さを描き出す。日本の制度はおかしい。だが、それは彼らの「悪」と直接は関係がない。それも筆者のメッセージである。
ベトナム語で兵士を意味する「ボドイ」と呼ばれるベトナム人のコミュニティは、どこか牧歌的、刹那的で、ある種の愛らしさも感じさせる。チャイニーズ・マフィアのように金と欲望を吸い上げる集団にはならず、緩やかな裏互助組織としてネットの奥深くに生息している。それもまた、ベトナムらしいと言えなくはない。
筆者が予言するように、ベトナム人の犯罪問題は15年もすれば解消されるだろう。中国人の労働者が日本にあまり来なくなったように、現地の経済水準が向上すれば、給料も安く、行動の自由を著しく制限する日本をあえて選ぶ必要はなくなる。日系ブラジル人から中国人、そしてベトナム人。その次はミャンマー人やカンボジア人か。廉価な労働力を求めて「焼畑」的に人材供給源をさまよう「移民」労働政策。こんな恥ずべきことを、いつまで続けるのか、日本は。
やすだみねとし/1982年、滋賀県生まれ。ルポライター。広島大学大学院文学研究科博士課程前期修了(中国近現代史)。『八九六四』で城山三郎賞、大宅壮一ノンフィクション賞、『「低度」外国人材』で及川眠子賞受賞。
のじまつよし/1968年、福岡県生まれ。ジャーナリスト、大東文化大学社会学部教授。著書に『新中国論』『香港とは何か』等。