『ボーダー 移民と難民』(佐々涼子 著)集英社インターナショナル

 2021年3月、名古屋の入管施設に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが死亡した事件は記憶に新しい。留学生だったウィシュマさんは同居人からのDVが原因で通学できなくなり在留資格を失った。収容され死亡するまでの半年間で彼女の体重は20キロも落ちていた。入管は体調不良を訴え嘔吐を繰り返す彼女に適切な治療をせず、結果的に死に至らしめたのだ。

 件(くだん)の報道に触れたとき、現代の日本でこんな非人道的なことが行われていたのかと、驚くとともに怒りを覚えたのは私だけではないだろう。

 しかし入管施設で死亡した外国人はウィシュマさんが初めてではない。たとえば牛久の入管施設では、2014年にカメルーン人男性が、2017年にベトナム人男性が、それぞれ死亡している。

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 入管施設に収容される人の中には、DV被害者だったウィシュマさんのように人道的に汲むべき事情により在留資格を失った人や、他の先進国であれば当然に難民として保護されるだろう人も多くいる。彼ら彼女らは日本で働き暮らすことを望んでいるが、入管は固く門戸を閉ざし自由を奪い時には死亡させてしまう。

 その一方で、日本には積極的に外国人を呼び込む制度もある。外国人技能実習制度だ。今や日本の産業は技能実習生なしでは回らなくなっているが、政府は「実習」の建前を崩さない。期間の上限が定められ、家族の帯同は原則禁止されている。労働力は欲しいが移民として定住させたくはないという本音が透けて見える。

 しかし主な送り出し国だった中国やベトナムで賃金が上昇し、円安も重なり相対的に日本の賃金が下がった現在、なかなか人が集まらなくなっている。

 日本で働きたい人を施設に閉じ込めている入管行政と、日本で働きたい人を募っても集められない技能実習制度。実にちぐはぐだ。

 本書は著者独自の視点と取材により非人道的な入管の実態と、技能実習制度の矛盾を見つめ、このちぐはぐさを生む「ボーダー」を可視化する。

 著者は書く。〈私たちの潜在意識の中にあるのは恐れだ。未知の外国人を恐れ、変化を恐れ、今までの平穏が失われるかもしれない恐れである〉。この恐れは、差別意識と表裏一体だろう。

 相手を自分たちと対等の人間と思っていたら、入管の姿勢も技能実習制度も今とはまったく違うものになっているはずだ。

 私たち日本国籍を持つ日本人は、こうした制度の上で日常を生きている。外国人をあまりにも都合よく利用してしまっている。

 それを知るべきだし、知ったなら変えるべきだ。政府が否定してもこの国には多くの移民と難民がいる。利用ではなく共生へ。ボーダーを越えて、進む。他の道はあり得ない。本書はそれを教えてくれる。

ささりょうこ/1968年生まれ。神奈川県出身。ノンフィクション作家。2012年『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で開高健ノンフィクション賞を受賞。ほかの著書に『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』『エンド・オブ・ライフ』など。
 

はまなかあき/1976年、東京都生まれ。作家。著書に『ロスト・ケア』『絶叫』『コクーン』『凍てつく太陽』『灼熱』など。