56歳で初めての子供に恵まれ、出産と育児に奮闘した日々を綴った著書『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました 生死をさまよった出産とシニア子育て奮闘記』(ワニ・プラス)を上梓した、夕刊フジ編集長・中本裕己氏(59)。
そんな中本氏に、夫婦の出会い、妊娠発覚時の様子、パートーナーの心筋炎発症によって予定より2ヶ月も早まった出産などについて、話を聞いた。(全2回の1回目/2回目に続く)
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友達が主催した飲み会で妻と出会う
――中本さんが48歳のときに、37歳だったパートナーと出会って結婚されたとのこと。56歳でパパになったのもさることながら、こちらもそうそうあることではない気がします。どういった出会いだったのでしょう?
中本裕己さん(以下、中本) 30歳で離婚して十数年、独身を謳歌していまして。合コンをやったり、異業種交流パーティー的な集まりや同業者の懇親会には、しょっちゅう顔を出していたんです。といっても、そうした場で奥さんを探していたわけではなく、「飲み友達ができたらいいな」くらいの気持ちで。
結婚に関しては、「1回結婚したし、このまま独身でもいいな」とは思っていたんですよ。だけど、50歳が近づいてきて「ずっと独りでいいのだろうか」とか「いまは楽しいけど、寂しくなるんじゃないかな」なんてぼんやりとした不安が出てきたんです。
そんなときに友達が主催した飲み会に行って、そのなかに妻がいたんです。
2年ほど付き合い、結婚することに
――パートナーのお仕事は。
中本 彼女はフリーランスで働いていて、専門学校の非常勤講師として映像制作について教えたり、映像制作用ソフトの解説書を書くテクニカルライターの仕事をしていて。
最初は友達の1人でしたけど、ツイッターで僕の大好きな映画の『スモーク』が恵比寿ガーデンシネマでやるので観たいなと呟いたら、彼女が「私も行きたいです」とリプライしてくれたんです。そこからですね。僕が45歳か46歳で、彼女が33歳か34歳でした。
で、2年ほど付き合って「このまま一緒にいたいな」って。向こうのご両親のことも考えて、ちゃんと結婚しようかと。
――結婚してから、お子さんの話をすることは。
中本 彼女のほうから「私は子供ができにくいけど、それでもいいの?」みたいなことを聞かれました。ただ、僕のほうでもできにくい気がしてたので。「自分たちの子供がどんな顔をしているか見てみたいよね」なんて話はしていましたけど、お互いに年も年でしたからね。なので「子供ができなくても楽しく暮らしていこう」と話し合ってました。
――最初の結婚では、お子さんの予定はあったのですか?