それは野木亜紀子や宮藤官九郎、SNSで強く支持される脚本家たちのドラマに対する感想をはるかに超える、大衆の無意識がうねる津波のように見えた。
SNSのバズの背後には、常に「世界が自分たちに都合のいいものであってほしい」という大衆の欲望が怪物のように潜んでいる。沖縄に問題なんか本当は存在しない、若者たちは米兵と楽しく遊び、反対してるのは中国やロシアが糸を引いた高齢の怪しい活動家たちだけなのさ、そうした心地よく単純なストーリーへの圧倒的な渇望が27万の「いいね」の背後にはある。
作中のセリフを引用し、率先してインタビューに答える松岡茉優
『フェンス』の脚本が書かれ、撮影が行われたのは去年の秋よりも前のことかもしれない。だが結果的に、このドラマは今の日本のSNSで最も大きな波、「沖縄に問題なんて存在しない」という欲望に真正面から立ち向かうことになる。
「事件はあったんです、本当に」松岡茉優演じる主人公が食い下がるように叫ぶその言葉は、たとえ基地問題が一朝一夕に解決できず、沖縄県民の思いがそれぞれに違うとしても、「問題が存在しない」ことにはさせない、嘲笑して忘れ去ることだけは許さないという作り手のメッセージのように響く。
主演の1人である松岡茉優は、まるで傷ついた獣が罠の中でもがくように、東京から来た女性ライター小松綺絵・キーを演じる。『勝手にふるえてろ』『劇場』『騙し絵の牙』などで見せる松岡茉優の演技は、曖昧に微笑む女性の顔の皮膚の下に蠢く怒りを表現する、その複雑さと重層性の表現に底力を見せてきた。
その彼女が『フェンス』でかつてないほど明白に眉間に皺を寄せ、不機嫌な唸り声のように低いトーンの発声を見せるのは、視聴者の反発を共演の宮本エリアナたちが演じる沖縄住民に向けないため、問題提起の痛みをナイチャー(本土住民)の間に引き受けようとしているように見える。
ずば抜けて言語化能力が高くエッセイの連載も持つ松岡茉優は、ドラマの中だけではなく、『フェンス』の記者会見などのメディア対応でも率先して「これは沖縄の問題ではなく日本の問題」という作中のセリフを引用してインタビューに答える。
それに答えるのはブラックミックスの宮本エリアナや沖縄出身俳優ではなく自分でなくてはならない、火中の栗を拾わせてはならない、というように、松岡茉優は彼女の抜きん出た武器である強い意志と高い能力を駆使して、怒りの演技をコントロールしている。