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新垣結衣が17歳のときに書いていたこと

 SNS世論を飲み込もうとする巨大な単純化の波と、それに抵抗するかのように語られる矛盾と複雑さについての物語。その中に新垣結衣は第3話から、性犯罪被害者をケアする医師の役で出演するという。役名の「城間薫」の姓は、沖縄にルーツがあるとされる名字だ。どのような役割を果たすのか、現時点で制作サイドから明かされている情報は少ない。

 新垣結衣の最初の写真集『ちゅら☆ちゅら』は、ネット上では水着の画像部分だけがスキャンされ拡散している。だが実際の書籍の中には、10代の彼女が直筆で書いた短い散文が写真とともに収録されているのだ。

17歳当時の写真集『ちゅら☆ちゅら』(集英社)

「どこも小中学時代の思い出のつまった場所」と書く通り、ロケ地のひとつには母校と思われる場所で、収録されているのは地元の幼馴染たちと撮影した写真なのだろう。本の奥付けには「──村の仲間達」と、彼女の生まれた村の名まで書かれている。発行は2006年、新垣結衣はまだ17歳だった。彼女の生まれた地域や沖縄県が、政治に「県外移転」の約束を裏切られる前のことだ。

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「内地の人に沖縄の事聞かれても 答えられないのが多い事に気づいた。別に詳しくないけどさ、ココ好きなのに理由はないから。」

「もちろん東京も好きよ 第2の故郷だもんね」

「セカイが平和になりますように。

 みんなが幸せでありますように。

 笑顔が消えてしまわないように。」

 その写真集に付属したDVDの中で、新垣結衣は母校の校歌を歌い、校庭で友人たちと中学時代の思い出を語らっている。

 写真集の中にある学校名をスマートフォンの地図に入れれば、その中学校は航空自衛隊基地から数キロの位置にあることが表示される。今存在する米軍基地との距離はそれよりは遠いが、総務省のホームページにはその中学校のある地域が、かつて沖縄戦で「南下する日本軍と米軍が衝突し激戦地となり(中略)死者が多数出ている」と書かれている。『空飛ぶ広報室』が描いた自衛隊も『フェンス』が描く米軍基地も、新垣結衣が育った島に存在する現実だ。

©AFLO

 新垣結衣は4月10日から始まるフジテレビの月9『教場』で木村拓哉と共演する。日本の国民的女優である「ガッキー」と、沖縄人として沖縄の物語を演じる新垣結衣。2つの物語が重なるように、地上波と衛星放送で流れることになる。

『フェンス』全5話の結末がどこに向かうのかはまだわからない。4話の放送される4月9日には統一地方選が行われ、沖縄もその結果に大きな影響を受けることになる。世論を押し戻すパワーを彼女が持つとは思わない。WOWOWのみで放送されるドラマの視聴者は、おそらく今のSNSを飲み尽くす大きなマジョリティの波よりも少ないかもしれない。

 だが『フェンス』の中で新垣結衣は、17歳の時には答えられなかった「沖縄のこと」について、少しずつ静かに答え、語り始めようとしているように思える。たとえその声が小さく、一刀両断に明快な結論を持たなくとも、物語の結末は新垣結衣の生まれた島と彼女が生きていく国家の両方に向けて、人工衛星の電波で宇宙から届けられることになるだろう。