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写真の中の母は、たくさんの人に囲まれて楽しそうに笑っていた

 約束の日の朝、取材スタッフと待ち合わせをして、新幹線でかつて住んでいた街に向かう。どんな話を聞けるのか。窓の外を流れる景色を見ながら、これから母の未知の部分を知る期待と不安を感じていた。直接会って話をしてくれる人たちは、果たして僕のことをどのように迎えてくれるのだろう。

 現地に着き、最初に連絡が取れた女性に電話をして、到着したことと、これから向かう旨を伝える。そしてここで初めて、今回の取材は、テレビ番組の企画であることを伝えた。取材であることを事前に知らせるのを、スタッフに止められていたのだ。急にテレビの企画だと聞いて、どんな反応をされるのか心配だったが、意外とあっさり受け入れてくれた。

 電話で詳しい道順を教えてもらい、待ち合わせ場所に着くと、母と義父と何度も行った中華屋のすぐそばだった。そのことにすこし驚きつつ、電話の女性と対面する。女性は僕のことを覚えてくれていたが、残念ながら僕は思い出すことができなかった。取材スタッフも同席して、早速母について話を聞かせてもらうことになった。

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 女性はまず、母が生前に、スナックで飲んでいるときに撮った写真を見せてくれた。僕が訪ねて来るということで、捜しておいてくれたのだ。何人かと楽しそうに写っている母。友達はほとんどいないと思っていたが、写真の中の母は、たくさんの人に囲まれて、とても楽しそうに笑っていた。

 母にもちゃんと友達がいて、周りからも好かれていた、と教えてもらった。今でも母の命日には何人かで集まって、その頃の思い出を語ったりもしているという。その事実は意外だったが、すこし安心した。

 見せてもらった写真の中に1枚だけ、母が恥ずかしそうに、手で顔を隠している写真があった。その仕草が妙に母らしく、何度も見てしまう。そして、事件当日に、合宿先にいる僕に電話をしてきたのは、この女性だったことを教えてもらった。

 母の電話帳の中で、1人だけハートマークがついている男性のことも聞いてみた。その女性は大笑いしながら、「飲みの席でふざけてそうしただけ、あの2人がそんな関係になるはずがない」と否定していた。その言葉にかなり安心した。母まで浮気をしていたら、気持ちの整理がつかなくなるところだった。

 母は高校の卒業式に僕と2人で撮った写真を、嬉しそうに周りの人たちに見せていたそうだ。息子の僕を大学まで入れることができたから、なんとか卒業させたいとも言っていた。母は自分が韓国人であることを誇りに思っていた。日本にいる韓国人が、萎縮しているところを見かけると、母は「もっと自分の国に誇りを持って堂々としなさい」と言ったこともあったという。