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 それ以来約16年ぶりに電源を入れる。電源ボタンを長押しすると、懐かしいマークが浮かび上がってきた。これから母のことを知ることができるかもしれない、そう思っただけで急に緊張感が湧いてきた。

 ただ、時間が経ちすぎたのか、メールは1通も残っていなかった。次に電話帳を開いてみる。登録件数は、仕事関係を入れても20件ほどしかなかった。やはり、あの気性の荒い母には、友達と呼べる人はあまりいなかったのだろう。それでも、この中の誰かと話をできたら、母のことがわかるかもしれない。

連絡が取れたのは「母が生前仲が良かった女性」「名前の横にハートマークがついた男性」

 試しに自分の携帯で、ある女性の番号に掛けてみる。すると、すぐに発信音が鳴った。まだ使われている。そのことに驚いたが、番号が使われていたとしても、それは別の誰かだろうと思った。コール音を聞きながら待つが、誰も出ない。一度切って、他の番号に掛けてみようかと考えていると、先ほどの番号から着信がきた。慌てて電話に出ると、女性の声がした。

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 どう説明するか事前に考えておらず、慌てながら、電話帳に登録されている名前の方かどうかを尋ねた。警戒されながらも「そうです」との答えだった。僕は、約16年前に亡くなった母の息子であることを説明した。

 すぐには信じてもらえなかったが、何度か確認するようなやりとりのあとに、ようやく母の息子であることを信じてもらえた。色々話をする中で、この女性は、母が生前とても仲が良かった方だということがわかった。

 そこで、母のことについて話を聞かせてもらいたいと頼むと、快く引き受けてくれた。電話ではなく、直接会って聞きたかった。女性のスケジュールの確認をして、電話を切った。

 当時の番号のまま、電話が使われていただけでも驚いたのに、その女性が母と仲が良かった人だなんて。これで母のことを知ることができる。自分でも興奮しているのがわかる。

 もう1名、別の誰かに電話できないかと思い、電話帳を見ると、名前の横にハートマークがついた男性の名前を見つけた。まさか母も浮気をしていたのか、と複雑な気持ちになりながら、恐る恐る電話を掛けてみる。するとこちらの携帯もまだ使われており、男性が電話に出てくれた。

 先程と同様に、僕が母の息子であることを伝えた。このときも、何度か確認のやりとりのあとに信じてもらうことができ、母のかつての知り合いに、連絡を取っている事情を話した。

「電話帳のあなたの名前にだけ、ハートマークが入っていますが、母とは男女の関係でしたか?」と思い切って聞いてみた。

 男性は少し笑いながら、「そういう関係ではなく、母に良くしてもらっていた」と、説明をしてくれた。すこし煮え切らない答えだと感じたが、電話でこれ以上聞くのも失礼だと思い、近々、会って話を聞かせてもらえないかと尋ねると、こちらも快く引き受けてくれた。

 さらに別の番号にも電話しようかと思ったが、2人と話をしただけで、緊張感でどっと疲れた。今回は、ひとまずこの2人に会うことになった。