『43回の殺意』(石井光太 著)

 2015年2月、川崎市で中学一年の上村遼太君が「夜遊び仲間」の先輩らにカッターで身体を切り刻まれた上、河川敷に投棄され死亡。18歳、17歳の計3人の無職少年が殺人容疑で逮捕された。当時、評者も取材し「元仲間」から写真を見せてもらった加害少年の母はフィリピン人だった。葬儀では「ガクラン」姿の中学生が会場外で荒れ、報道陣に食って掛かりパトカーが呼ばれた。「こんな土地柄ならさもありなん」と勝手に納得していた。だが「島根県に住み続ければ悲劇はなかった」のか。被害少年の環境が気になっていた。

 本著にも登場するが、斎場から出てきた参列者が「悲しむ母親の頬をいきなり友人の女性がひっぱたき仰天した」と話した。当時、母親は「育児ネグレクトしていたくせに」などとネットで中傷されていた。

 父親が「Iターン」で漁師を始めた島根県の小さな島で育った遼太君は明るい子だったが両親は離婚。母は実家のある川崎市へ移り生活保護などで5人を育てるも、やがて恋人を連れ込む。

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 同じ犯人による少し前の暴力事件で目も開かないほど遼太君の顔が膨れ上がった際、母は息子の写真を撮るだけだった。深夜に出ていく遼太君を気にしなかったという。裁判で意見陳述した母親は「(元夫の)顔を見たくない」と希望し衝立が立てられた。

 本著には父親の「インタビュー」も。読めば彼に加担してしまうが鵜呑みにしてよいものか。他人の家庭の中は容易にはわからない。

「血縁者の中で話を聞けたのは父親だけ。母の話は公判でしか聞けていない」という著者も「偏りがあることを危惧する」と正直だ。母親は子供を連れて隠れるように他の地に移った。通常は加害者家庭の行動だろう。上村遼太君が呼び出されたLINE、貧困のシングルマザー、ネット中傷、形骸化した保護司制度……掘り下げればきりがない悲しい事件から、本書は現代の「闇」を抉ってくれた。

いしいこうた/1977年、東京都生れ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行う。著書に『物乞う仏陀』『絶対貧困』『「鬼畜」の家―わが子を殺す親たち』など多数。

あわのまさお/ジャーナリスト。共同通信社記者を経て、フリーランスに。著書に『検察に、殺される』『ルポ 原発難民』など。

43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層

石井 光太(著)

双葉社
2017年12月13日 発売

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