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「被災前の夜の森地区は、富岡の中心部に勝る人口を持つ、良好な住宅地でした」と遠藤一善さん(62)が語る。遠藤さんは一級建築士で、町の商工会長であると同時に、町会議員だ。自宅は夜ノ森駅前にあり、祖父が炭に関係する仕事をしていた。

 夜の森が住宅地として注目された理由は他にもある。桜並木だ。

 桜は1900(明治33)年に入植した半谷氏が、開拓の記念にと約300本のソメイヨシノを植えたのが始まりだ。このため古い樹木は樹齢が約120年にもなる。

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 一度に全長2.2kmの桜並木ができたわけではなく、その後も植樹された。

樹齢約120年の桜並木では、若い桜への世代交代も行われている(富岡町夜の森)

 遠藤さんは「私が小学校へ入学する時、6歳上の人達が小学校の卒業記念にと植えました。それが50年以上経過して大木になり、今では桜のトンネルを作るようになっています」と話す。

しかし、すべてを一変させた「原発事故」

 だが、原発事故は「良好な住宅地」を一変させた。そして、桜の運命も変えていった。

「ソメイヨシノは交配で生まれた園芸種です。盆栽と同じぐらい丁寧に管理しなければなりません。樹齢120年の桜通りは、後から道路が出来たので、桜のある歩道が広く確保されています。根を保護するために樹木と樹木の間は駐車を禁止にしました。しかし、私が小学生の頃に植えられた桜並木は、道路が造られた後に植えられたので、狭くてアスファルトで固められています。しかも、樹齢が50年以上になって、樹としてのピークを過ぎました。かなり傷んでいる木もあって、どう維持していくか、大きな問題として浮上しています」と語る。

 実際に樹木を確認しながら歩いてみると、根元からボロボロになった樹がかなりあった。

樹がボロボロになった桜も(富岡町夜の森)

「腐った枝を切ったり、消毒したり、下から栄養剤を入れたりと町役場では対症療法しかできていません。

 滝桜(福島県三春町)のように1本の桜が名所なら、その桜だけにお金をつぎ込めばいいかもしれません。しかし、並木は大変なのです。仮に1本当たり年間10万円の経費が掛かるとして、どれくらいの金額になるか分かりますか」

 夜の森の桜並木は約420本だ。仮に上記の数字で計算すると、年間4200万円が必要になる。町道の街路樹という扱いだから、町の予算で賄わなければならない。

「『お金をつぎ込んでもいい』という人がいっぱいいればいいのですが、そうではない現実があります」。遠藤さんは苦しげに語る。

 桜並木は富岡町、特に夜の森の人々にとっては「当たり前」(遠藤さん)にあったものだ。