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初めて見たご遺体

 その先の道は、足元に岩がたくさん転がっていて不安定なうえ勾配もあり、とても歩きづらいものだった。私は山歩きに慣れている師匠のペースについていけなかった。

 10分ほど歩いたところで、汗だくになり、私は一度立ち止まってあたりを見回した。その日の天気はとても良かったが、あたりは紅葉した木々に覆われて薄暗い。左右には、これまで見たこともないような、苔むした大きな岩壁がそびえ立っている。

 その景色を見上げていると、ふと色褪せたオレンジ色の布が目に入った。

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 私が見ていた左手の斜面は、大きな岩の隙間からところどころ細い木がひょろりと生えている。その1本の根元に、雨具のような衣類が引っかかっていたのだ。あたり一面が苔に覆われた中で、それはとても目立っていた。その岩の先はどこにもつながっておらず、切り立った崖となっている。転落して死亡した登山者も過去にいたということを、のちに知った。

 すぐに先を進んでいた師匠を呼び止めた。

 どうしてあんなところに引っかかっているのだろう? 登山客の忘れ物かな? そう話した後、師匠が斜面を登って確認すると、それは登山用の雨具だった。雨具から20~30メートル横には、デイパックも置き去りにされていた。持ち主の情報が分かるものがないか中を確認してみると、登山用品のほかに財布とキャッシュカードが出てきた。そこにある名前は、私たちが探していた方ではなかった。

 丸まった雨具の方も手に取ってみる。

 すると、中から腕や肩などの人骨が出てきた。

 これは、ただの落とし物ではない。

 この山で遭難した方のご遺体と持ち物だった。

 身近な里山で、こんなことが起きるのか。予期せぬ事態に私は混乱した。

 師匠は、「この山の管轄警察に、状況を説明して指示を仰ごう」と言い、すぐに電話でこれまでの経緯や確認した物について説明をした。

 電話を終えると、師匠がこう私に教えてくれた。

「この人、3年前にこの山で遭難して行方不明になっていた人みたいだよ」

 しばらくすると、管轄警察の山岳救助隊が私たちのところへ到着した。

 私たちから改めて説明を聞いた後、彼らは遭難者のご遺体の位置や所持品などを検分し始めた。山岳遭難者が発見された場合、事故なのか、事件なのかを判断するために、警察による現場検証が必要なのである。

 救助隊の人によれば、ご本人のものとみられる骨がほかの場所からも見つかったことから、おそらく動物が雨具を咥えて移動している途中で私が見つけた木の根っこに引っかかってしまったのだろう、ということだ。

 これまで、看護師として、救急の現場で10年以上も働いてきた。容体が急変した高齢者、交通事故で亡くなった高校生、親から虐待を受けた幼い子供、自殺……様々な形の死を目の当たりにしてきていた。

 しかし、死後3年も経った方のご遺体を見るのは、この時が初めてだった。ましてや、初心者コースにも紹介されるような山の中で、だ。

 登山道からほんのわずか外れた場所……そんなところで3年もの間、たったひとりで見つけてもらうのを待っていたのかと想像したら涙が止まらなかった。