人々の健康や豊かな暮らしに貢献したいという瀬戸社長が注力するのは、24時間いつでもどの店舗でも通える“コンビニジム”。コロナ禍で生まれた新たな挑戦に新谷学編集長が迫る。
瀬戸 健氏
RIZAPグループ株式会社 代表取締役社長
新谷 学
聞き手●『文藝春秋』編集長
スーツに革靴で行けるコンビニ感覚ジム
新谷 新規事業の開拓で悩む企業が、弊社を含めてたくさんあります。店舗数をどんどん増やしているchocoZAP(ちょこざっぷ)は、成功例として参考になるに違いありません。
瀬戸 グランドオープンしたのは昨年9月ですが、半年後の3月末時点で全国に479店舗です。
新谷 すごい勢いですね。24時間営業で年中無休の無人店舗で、全国どこでも使い放題。着替えも靴の履き替えも不要で、入退館はQRコードをかざすだけ。まさに「スマホひとつで通えるコンビニジム」です。
瀬戸 誰でも手軽に取り組んで効果を実感できる、「一日5分のちょいトレ・健康習慣プログラム」を提供しています。会員数は、30万人を超えました。
新谷 従来のRIZAPの利用者が延べ18万人ですから、すでに上回ったわけですか。
瀬戸 はい。年齢層は20代から50代まで、まんべんなくいらっしゃいます。ジムは一般的に男性の比率が高いんですが、chocoZAPは女性のほうが多いです。
新谷 完全個室のセルフエステやセルフ脱毛というサービスは、女性客を取り込むためですね。
瀬戸 生活の延長線上に、フィットネスやダイエットがあればいいと考えています。きっかけは、美容や自分磨きを目的にご来店いただいたついでに「ちょっとランニングマシンで走ってみようかしら」でかまわないんです。
新谷 ジムと聞けば、ガンガン鍛える筋肉マニアの男性でムンムンしているイメージがありますからね(笑)。
瀬戸 確かに上級者が真剣にやられていると、一般の方は行きにくく感じますね。誰もが気兼ねなく安心して利用でき、持続可能であることがchocoZAPのセールスポイントです。今朝も自宅近くの店舗を覗いて来たんですが、スーツに革靴でマシンに向かっている方がいらっしゃって、嬉しかったですよ。
新谷 店舗が無人だと、安全面やセキュリティの心配はありませんか。
瀬戸 ジムで事故が起こりやすいのは、思いもよらない動きをしたときです。たとえば、フリーウェイトと言われるトレーニングでダンベル等を落としてしまう場合ですね。
chocoZAPでは、そういった予期せぬ動きが起こるマシンは基本的に設置していませんから、初心者でも安全です。万が一、お客様が転倒したりトラブルがあったりすれば、AIカメラが認識してアラートを出します。
新谷 コンビニジムというアイディアは、どこから生まれてきたんですか。
瀬戸 コロナ禍で、インストラクターが集団で教えるようなレッスンにお客様が来なくなりました。ジムを会議室として使ってもらうとか、いろいろアイディアを出し合った中で、維持費も莫大にかかることから「24時間使えるジムはどう?」という話が出てきたんです。実は、ずっと考えていたわけでもないんですよ。
新谷 苦肉の策というか、追い詰められた状況でアイディアが上がってきたんですね。
瀬戸 ところが役員から「シミュレーションした結果、集客が厳しく、事業化は無理です」と報告がありました。私は、無理だと言われると俄然燃えるので(笑)、どうやったら実現できるかを考えたんです。
新谷 チョコレートの新製品みたいな可愛いネーミングも、瀬戸さんのアイディアですか。
瀬戸 「ちょこっとRIZAP!」という意味です。数百の案にはカッコいい横文字もあったんですが、RIZAPのイメージを保ちつつ、ダサめを狙ってみました(笑)。
新谷 私も編集長という仕事上、記事のタイトルや見出しを付けていますが、親しみやすく覚えやすく口に出しやすいことが、大事だと感じています。
瀬戸 社内でも、初めは全く認めてくれませんでしたけど。
24時間寄り添うDXで結果にコミット
新谷 驚くのが料金です。月額2980円(税別)。RIZAPは、2カ月で約35万円が基本ですから……。
瀬戸 百分の一です(笑)。
新谷 RIZAPは、パーソナルトレーナーによるマンツーマントレーニングや、2カ月分180食に及ぶ綿密な食事指導を売りにして、90%を超える満足度を獲得してきました。それに対してchocoZAPは、システムも料金も真逆に見えます。
瀬戸 「お客様に寄り添って、必ず結果を出す」という理念は変わりません。ジムに入会したものの続かず、幽霊会員になってしまうことって、よくありますよね。RIZAPでは、挫折してしまうのはこちらの責任だと考えます。我々の提供する価値が、お客様のやる気を上回れなかったのですから、「面倒くさくなった」という理由で退会されるとしても全額を返金します。
新谷 幽霊会員の会費で儲けているジムも多いのに。
瀬戸 中長期的に見たら、それはマイナスでしかありません。私は、お客様が元を取れなかったサービスには先がないと思っています。chocoZAPも、三日坊主にも幽霊会員にもならず、元が取れて「やってよかった」と続けてもらえるサービスを目指しています。
新谷 そんなに格安でも「結果にコミット」できますか。
瀬戸 入会すると、スターターキットとして体組成計とヘルスウォッチを無償でお届けします。体重の変化や体脂肪率や歩数などの健康データをアプリが蓄積して、目的に合ったトレーニングメニューを提供するためです。
来店頻度が下がると動画がポップアップされ、お客様にアプリ上でアナウンスする等の試みを行い、反応を検証しております。AIを搭載した専用アプリが、パーソナルトレーナーの代わりを務める仕組みなんです。
新谷 新規事業ではあるけれど、RIZAPの延長線上なんですね。
瀬戸 単に「24時間ジムを始めました」ではなく、RIZAPがやるchocoZAPだから意味があるわけです。たくさんの人たちに喜んでいただいたメソッドやスキルを、手軽に誰もが利用できるようにしたいんです。
新谷 培ってきた知見を、DXを活かしながら安く広く提供するわけですか。
瀬戸 お客様に寄り添うトレーナーの思いを、デジタルで代替するのは難しいと言われます。しかし、人間のトレーナーは24時間は寄り添えませんが、デジタルならいつでも繋がります。物理的な障壁を、デジタルは飛び越えて行けます。
新谷 マーケティングなどでは、デジタルをどう活用していますか。
瀬戸 新会員募集のチラシは、500パターン作った中から、5パターンを10万部ずつ刷りました。お客様の体験談だったり設備の説明だったりと内容が違っていて、QRコードも違います。すると反応のよかったチラシがわかるので、20万部さらに増やします。
RIZAPはゴルフスクールも運営していますが、「初心者専用」をアピールしたチラシへの反応が、2倍以上だったりします。
新谷 いわゆるバズるワードで、コンバージョン率が上がるわけですね。
瀬戸 「初心者専用」が響けば、サービスも初心者向けに作り込む必要があります。
新谷 出版業界は紙の本や雑誌を、取次を通して書店に卸して売ってきました。つまりB to Bの先にCだったわけですが、この先は電子版や定期購読で読者へダイレクトに届けようと考えれば、本当の意味でB to Cの関係を作らなければいけません。個人のお客様とどう向き合っていくかが課題なので、大いに参考になります。
瀬戸 進化していくためには、お客様の声を聞くことが最優先です。
進化するサービスでコンビニ並みの規模へ
新谷 瀬戸さんとは、もう十年以上のお付き合いですね。話していていつも感じるのは、「お金儲けが先にありき」ではないことです。人々の健康に貢献したいとか、豊かな暮らしのために力になりたいという思いが先に立つところが、素晴らしいです。
瀬戸 ギブアンドテイクで言えば、テイクが欲しいと思うのは自然ですよね。でも人間関係を見ても、何かして欲しいと考える人より、他人に何かしてあげたいと考えて実行する人のほうが、大切な人に囲まれていくものでしょう。
商売も同じで、先に喜んでもらって「コスパ最高だ。元を取った」と感じていただける商売をやっていれば、数年後にはお客様でごった返すと思うんです。儲けが要らないわけではもちろんなくて、順番が重要です。
新谷 利益は、後からついてくるわけですね。
瀬戸 アメリカのフィットネス人口は20%ぐらいですが、日本は3.3%にすぎません。主要先進国の中で、伸びていないのは日本だけなんです。
新谷 その分、伸びしろがあるわけですか。「運動しなきゃいけないけど、面倒くさいな」と躊躇している人は、周りにも多いです。
瀬戸 運動はきついとか面倒だという先入観を、簡単で便利で楽しくてリフレッシュやストレス発散になるという捉え方に変えていけたら、嬉しいです。しかしそれは、足がかりにすぎません。
今後も必要なサービスを追加して、半年や一年経つごとに「chocoZAPって、こんな場所だっけ?」と思わせます。その全てを、2980円(税別)のままやろうと考えています。
新谷 「この金額で、ここまでできるのか」と嬉しくなるようなサービスが、増えていくということでしょうか。
瀬戸 はい。テスト段階なので具体的に言えませんが、楽しみにお待ちいただければと思います。
新谷 店舗数の伸びしろで言うと、どのくらいを目指していますか。
瀬戸 日本にはコンビニが57,000店、郵便局が24,000カ所あります。運動が生活の一部になるためには、歩いてすぐ行ける場所にあって、仕事の合間や買い物帰りに立ち寄れることが重要です。
コンビニ並みの出店を実現させて、日本のフィットネス人口を10%以上にしていきたいと考えています。
新谷 コンビニ並みの店舗数ですか。大きな野望ですね。
瀬戸 たくさんの日本人が健康に暮らしている未来が、目に浮かびます。
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Text:Kenichiro Ishii
Photograph:Miki Fukano
Design:Better Days