おそるべきノルマ、宗教グループよろしくな狂気の決起集会、女性社会特有のセクハラ発言に男性上司からの高圧パワハラ……。洗練された大人な女性保険外交員に憧れ、保険会社に就職した女性が目にした保険業界の実態とは。
ここでは、忍足みかん氏の著書『気がつけば生保レディで地獄みた。』(古書みつけ)の一部を抜粋。営業先で経験した、信じられない男性の言動を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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きびしいノルマに耐えかね100均で買った皿を毎朝割ってから出勤する日々
1円にもならないサービス残業を終えて家に帰るが、常にマスター(編集部注:新人育成係)や職場の誰かがいる気がする。いるはずなんてないとはわかっているのに。鳴っていないのにインターホンが鳴った気がして、「マスターだったらどうしよう」と怯えつつインターホンを覗く。
眠れないけれど、気づいたら眠りに落ちていて、目が覚めると、「どうして目が覚めてしまったんだ」と嘆く。前は特撮ソングを聴けば、気持ちをふるい起こせたのに、今はもうそれさえ無理で。それどころか、何百回と聴いて覚えているはずの歌詞が何を言っているかわからない。
何か壊したい衝動に駆られて、100円ショップで皿を買い、必ず出勤前に1枚台所の流しで割った。そんなことにお金を使いたくなかったけれど、割らないとどうにかなってしまいそうだった。慣れてくると、破片を拾うのも面倒くさくなり、コンビニのビニール袋に入れた状態で割るようになった。大きな音で震える鼓膜と荒い呼吸。仕事に行きたくない気持ち、ノルマへの恐怖をそうやって消化させていた。
「大丈夫、千鶴さん」
朝礼中に東雲ファミリー(編集部注:母、娘、息子、息子の嫁と一家総出で生保業界で働くスーパー保険家族)の娘・千鶴さんが過呼吸を起こして倒れた。それもそのはずだと思った。今月の成績、兄嫁のみなみさんに倍以上の差をつけられていて、「母親の後継者は息子の嫁のほうだ」なんて噂されている。かく言う私は、今月は1件契約を上げているものの、これ以上は増やせそうにない。だが、なぜか焦ってはいない。と言うかもう、脳が感情や感覚を失っている。
「同行しない? 三上」
ぼんやりする頭で、かけまちがいばかりのテレアポをしている、うっかり息をしている死体のような状態の私に声をかけてきたのは、まさかの緒方さんだった。彼女は一匹狼で、マスターから新人の同行を頼まれても「面倒だ」と断っているのを何度も目にしてきたから、一瞬耳を疑った。