性犯罪の被害者はバッシングを受けやすい。報道に対し「警戒が足りなかったのでは」「誘うような行為があったのではないか」と、被害者側の“落ち度”を責めるネット上の書き込みに覚えがある人も多いだろう。

 2016年から「性暴力と報道対話の会」に参加している、ライター・小川たまかさんの著書『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)は、そんな被害者たちの声に耳を傾けた一冊だ。

 ここでは本書より抜粋して、小川さん自身が学生時代に体験したセクハラ・パワハラについて紹介する。ある球場で売り子のアルバイトをしていた小川さんが、立場が上の人物からの執拗な連絡や誘いをシャットダウンした結果、受けた理不尽な扱いとは——。(全2回の2回目/前編を読む

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球場の売り子は女の子ばかり

 大学院に入る前の学部生だった頃、私はいくつかのアルバイトをしていた。その中のひとつが、ある球場でのビールの売り子だった。球場に行ったことのある人ならわかると思う。それぞれのビール会社のユニフォームを着て、樽を背負って客席をまわる、あの女の子たちだ。あの樽は15キロの重さがある。

 私は中学時代はソフトボール部で、野球も好きだったから、大学に入ったらすぐに売り子のバイトをやろうと思っていた。

 樽を背負ったビール売り。若い女の子ならビールもよく売れる、かわいけりゃなおさら売れるだろうって思われているのかもしれない。たしかにそういう部分もあるのだろうが、一方でやっぱりかわいいだけでは売れない。

 私は偶然、面接が一緒で友達になった子がすでに他の球場で腕を磨いていた売れっ子だったために、ノウハウをいくらか彼女から教えてもらった。最初の頃の私はさっぱりコツをつかめない売り子で、見かねた彼女が教えてくれたのだ。

 売り子が客席に入ってから試合開始までの30~45分ほど(日によって異なる)が一番売れる。この時間にどれだけ早くお客さんをさばくかが勝負の一つ。1杯のビールを注ぐのには10秒前後かかる。これは短縮できない。けれど、ビールを注いでいる間に周囲を見渡し、売り子を探しているお客さんとアイコンタクトして「次行きますね」と声をかけておいて、他の売り子から買わせないことはできる。

 大抵のお客さんは2人以上の集団なので、売上げ開始直後は特に2杯以上頼まれることが多い。だからカップはつねに片手に二つ持つ。紙カップを重ねて持つのではなくて、一つを手の平の下の方の部分、もう一つを上の方の部分にのせて持つ。上に持ったカップに1杯を注ぎ終えたらそれをお客さんに渡しながら、下に持ったカップに注ぎ続ける。

 慣れていない売り子だと、お客さんに呼び止められて一つカップを持つ→注ぐ→ノズルをフックに戻す→カップを両手で渡す→新しいカップを取り出す→注ぐ、と一つ一つの動作に時間をかけてしまう。ちょっとしたことなのだが、さばける量は圧倒的に違う。

 ビール会社は4社あって、巨人戦の場合は各社50人合計200人の売り子が出陣する。といっても、広い客席のどこで売ってもいいわけではない。1人ずつ、売る場所が細かく決められている。私は最初、1塁側の外野寄り内野席の担当だったが、そのうち1塁側のバックネット付近で売るようになった。

 内野席の中でもバックネット付近は常連客が多い。だから仕事に慣れて来ると、お馴染みさんに毎回買ってもらうために常連客が多い場所の担当になる。ちなみにいつも自分から買ってくれるお客さんのことを、売り子たちは「顧客」と呼んでいた。

 友人の売れっ子は神宮での実績があるので、入って早々から外野席に抜擢されていた。外野席は応援団がいるので、一番常連さんが多い。そして内野席よりもスペースあたりの客数が多く、売り子の数は少ない。つまり一番売れる。だから各社がエースを投入するのが外野席だった。

 アイドルみたいに人気のある売り子も中にはいて、そういう売り子は試合終了前には応援団や常連客から差し入れをもらったりしていた。