樽は重いけど…この仕事が好きだったワケ
1日50人と決まっているけれど、集合場所には52~3人が集まる。当日ドタキャンしたり、試合が始まる前に体調が悪くなる子がいると困るから補欠が必要なのだ。でも当日欠勤が出ることはほとんどない。そうすると補欠になってしまった子は待機料の2000円だけもらって着替えずに帰る。
ビールを売り始めるのは18時~18時30分頃からなのだが、集合は15時だった。慣れて来ると15時30分頃に来る売り子も多かったけれど、それでも仕事の2時間以上前。待機時間が異常に長いのがこのバイトの特徴だった。
待機時間で何をするかというと、着替える。それからバックヤードを通ってビールの樽が置いてある場所へ向かう。そこでしばらく待機。それからミーティングがあって、その日の売り場が発表される。
それぞれのビール会社にチェッカーと呼ばれる男性が10人ほどいる。試合中の彼らの仕事は50人の売り子がバックヤードに戻ってくるたびに樽を替えることだが、もっと重要なのは売り子のマネジメント。売り子の売り場を決めるのは彼ら、新人の売り子に売り方を教えるのも彼ら。試合中に客席をまわって売り子を見守ることもある。
売り子の年齢は主に16歳~20歳。チェッカーたちはそれよりも少し上で大学生が多かった。当然のようにチェッカーと売り子の中にはカップルが誕生するわけだけど、その話は少し後に。
待機場所で待つのは、ほとんどの売り子にとって憂鬱な時間だった。私もそうだった。子どもの頃に週1回スイミングプールに通っていたとき、水着に着替えた後でプールサイドで待つのが苦手だった。あるいは体育の授業で長距離走を走る前の気持ち。
15キロの樽を背負って階段を往復するわけだから、やっぱり一種の持久走であり筋トレである。そしてさらに、売れるかどうかの緊張感がある。緊張で毎日お腹が痛くなった。
大事なことを説明し忘れていたが、このアルバイトは歩合制だ。1杯売れると売り子には34円、3樽以上売れると1樽ごとに500円プラスされていく。1樽は21杯なので、たとえば10樽売ったとすると、34(円)×21(杯)×10(樽)+500(円)×8(樽)で、1万1140円。そこに基本給の2000円。それから巨人戦3連戦皆勤ボーナス、1カ月の試合皆勤ボーナスなどがあった。
待機時間が長いとはいえ、それでも学生にとっては割のいいアルバイトだ。しかもやりがいが……あるのである。売れたらうれしいし、仕事に慣れていくのがわかるのも楽しい。球場の中という非日常感もクセになる。
もしかしたら私は、ほぼ初めての就業体験が歩合制だったから、社会人になってからも歩合制のような働き方をしているのかもしれない。
長々とこのバイトの説明を書いたのは、私がこの仕事を好きだったことを説明したかったからだ。
樽は重いし、足に筋肉がついて太くなるし、汗でびっしょりになるし、なぜかキャップはでかいし、待機時間には売れるかどうかの不安でお腹が痛くなる。ギャルっぽい派手な子が多くて、一応外見はそれらしくしていたものの中身は今で言う「陰キャ」だった私はいつもドキドキしていた(当時の私の写真を見ると、不思議なことに金髪に近い茶髪で、みごとなほどに細眉なのである)。
でも楽しかった。ありきたりな言葉で言えば、他に2つほど掛け持ちしていたバイトにはないやりがいがあった。