美女4000人に30億円貢いだ「紀州のドン・ファン」こと野崎幸助氏(当時77歳)。彼が不審な死を遂げ、元妻・須藤早貴氏(当時25歳/以下さっちゃん)が殺人容疑で逮捕されて2年が経つ。稀代の「好色資産家」が遺した30億円とも50億円とも言われる遺産はどのような行方を辿ったのだろうか。ここでは『紀州のドン・ファン殺害「真犯人」の正体 ゴーストライターが見た全真相』より一部抜粋。カネは誰の手に――。(全2回の1回目/後編を読む)

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家宅捜査の最大の目的は巨大金庫の解錠だった

 6月20日の朝8時すぎ、和歌山県警の捜査車両が田辺市朝日ヶ丘にあるドン・ファンの会社アプリコの前に集結した。5月のときと同様、会社前の道路約100メートルが封鎖され、大がかりな家宅捜索が始まった。

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野崎氏の自宅 ©文藝春秋

 しばらくするとバケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨が襲ってきたが、白い雨合羽の警官たちは怯むことなく家宅捜索を続けた。この日の家宅捜索は事前に警察が発表していたので、朝から大勢のマスコミがその様子を撮影している。

 この家宅捜索の最大の目的は、会社2階にある巨大金庫の開錠だった。

 アプリコが入っている4階建てのビルは、築年数約25年の鉄筋コンクリート造りである。1階には60平方メートルほどの事務室があり、そこに今は亡きドン・ファンと従業員たちの仕事机が並んでいる。

 2階以上はワンルームマンションになっており、以前は従業員が住んでいたが、今は誰も住んでおらず、従業員の休憩場所になっている部屋もある。その2階のいちばん奥に、「金庫部屋」と従業員たちから呼ばれている開かずの間がある。その部屋には高さ170センチを超える両開きの大型金庫と、それよりは背が低い1メートルほどの金庫が置かれている。

 前述したように、アプリコには5月26日に1度目の家宅捜索が入っている。そのとき、金庫部屋に捜査員が入ったものの、金庫の鍵が見つからなくて開錠できなかったのだ。金庫の鍵はドン・ファンが自分で管理しており、その場ではどうしようもないので捜査員たちもあきらめた。その後、あらためて田辺市内の鍵屋に依頼し、この日に開錠することになっていた。

「さすがはプロというか、そう時間もかからずに金庫は開けられたんです」

 アプリコ関係者で捜索に立ち会ったのは番頭のマコやん1人だけだった。捜査員らとマコやんが固唾を呑んで見守るなか、2つの金庫が開けられた。