相続の現場で頼りになるのが「税理士」だが、その大半は法人税や所得税が専門で、実は制度に詳しくないという。一方、税務署の調査官として様々な事案にふれてきた「国税OB」は、その道のスペシャリストだ。

国税OBだけが知っている失敗しない相続』(坂田拓也 著)では、国税OBの税理士たちがこれまで目撃してきた実例をふまえて、相続の「抜け穴」と「落とし穴」を指南する。

 相続に大きく影響する「親の認知症」。家族がとるべき、事前の対策とは? ここでは本書を一部抜粋して、実際のケースを2つ紹介する。(全2回の1回目/続きを読む

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 認知症──今、相続に詳しい税理士が口を揃えてこの問題に言及する。

 秋山清成税理士はこう強調する。

「認知症になれば銀行口座から預金を下ろすことができず、マンションを持っていても売ることができず、相続に関しては生前贈与などの対策は何もできなくなります。そして認知症になれば相続に関係して様々なトラブルが起きます。これは深刻な問題ですが、多くの人は何の対策も採っていないのが現状です」

56歳、サラリーマン男性の場合

 東京・世田谷区に住む56歳の男性サラリーマンの両親は、自営業を引退して店舗兼住宅を人に貸し、近所に2LDKのマンションを購入して2人で暮らしていた。

 数年前から母親の足腰が弱くなり、1人でトイレに行くことができなくなった。父親には母親を支える体力がないため、母親は82歳になった2017年夏に老人ホームに入り、父親はマンションで1人暮らしになった。1年後、母親は空きが出た近所の特養(特別養護老人ホーム)に移った。

※写真はイメージです ©iStock.com

 男性が振り返る。

「その後、母親は特養で倒れてクモ膜下出血を起こし、腸に大きな穴が空いていることも分かりました。手術は回避できましたが、そのまま寝たきりになってしまいました。

 母親は、時によって反応が異なるようになりました。生まれた孫の写真を見せると喜んで『名前は?』と聞いてきましたが、呼び掛けに反応しないことも増えました。父親のことはよく認識できていましたが、私のことは分からないことが多くなりました。カラオケと旅行が趣味で元気だったのに、あっという間に認知症が進みました」

 1人暮らしになった86歳の父親も認知症のような症状が出始めた。