母親のいる特養へ自転車で30分ほどかけてほぼ毎日通っていたが、一方で、郵送されてくる書類の内容が理解できなくなり、日中着ていたジャケットのままで寝るようになった。部屋は散らかり、臭気が酷くなったため、男性の妻が料理を持参して掃除するようになった。1人暮らしが難しくなれば男性が引き取ることになっているが、父親は「まだ大丈夫」と言っている。
この時点で予想される問題は?
この時点で予想される問題の1つは、父親が1人で住んでいるマンションが、5年、10年と空き家になってしまう可能性があることだ。認知症になって意思能力が失われると、マンション売却などの法律行為ができなくなる。
マンションは母親名義であり、母親はすでに意思能力がないと見られるため、マンションの売買契約書にも賃貸契約書にもサインできない。男性が父親を迎え入れればマンションは空くが、母親が亡くなって父親または男性が相続してマンションの所有権が移るまで、貸すことも売ることもできないのだ。認知症になって5年、10年と生きる人は珍しくなく、長期間、空き家になる可能性がある。
この問題は至るところで起きているという。
「1人暮らしの高齢者が施設に入る時、自宅を処分して施設に入るのは3割と言われています。残り7割は、自宅に戻るつもりだったり、大事な生家を売る気持ちになれなかったりして、自宅をそのままにして施設に入り、認知症が進んで家を売ることができなくなります。施設に入って10年生きれば10年間空き家になる。全国で空き家が増える一因になっているのです」(都内の不動産会社社長)
相続対策は一切不可能に
相続対策の多くは財産の贈与や名義変更などの法律行為を伴う。男性の場合、母親は認知症が進行し、早晩、父親も認知症と診断される可能性が高い。相続対策を講じることがほぼ不可能だ。
男性は結婚した後、父親が所有する実家近くの土地に一戸建てを建てて住んでいる。父親が亡くなれば土地を相続する予定だが、生前対策を打たなければ多額の相続税がかかる。
男性は嘆息する。
「父は、数年前まで相続対策をするつもりで『お前たちに迷惑はかけねえ』と言っていました。実際に一度は税理士に相談したのですが、そのまま立ち消えになり、今は『オレが死んだらやってくれ。面倒くせえ』と言い出した。もう何もできないでしょう」