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老母も言う事を聞いてくれない

「スーパーはいつ再開するかわからないから、それまでは冷蔵庫の中にあるものでやりくりしなきゃいけないんだよ」

 と言っておいたにもかかわらず、午後4時半過ぎ、「今食べないで、いつ食べるんだ!」とばかりの勢いで、老母が夕食の支度に取り掛かった。

©AFLO

 そして5時過ぎ、ダイニングテーブルの上には、昨日の残りの野菜の煮物のほかにも、豚肉の生姜焼きやら、冷奴やら、ワカメの酢の物やらが所狭しと並べられている。しかも、ひとつひとつの量がとにかく多いのである。ちなみに、私と老父母は食事の時間も食べ物の好みも全く異なるため、自分が食べる分は自分で作り、老母が作ったものには手を出さない。

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 冷蔵庫の中の食材がなくなったら、どうするつもりなのだろう……。

 鏡餅のような老母の三段腹を横目で眺めながら首を傾げる。

 身長150センチ弱、推定体重60キロの老母は、90代に突入した今でも朝昼晩の3食のほかに、10時と3時のおやつの時間になると菓子パンやみたらし団子を頰張り、入浴後には冷たい炭酸飲料とアイスクリームを欠かさない。

「あなたの場合、もう年齢が年齢なんですから、食べる量と冷たいものは控えるようにしてください」

 前回の診察のとき、かかりつけ医からそう釘を刺されたにもかかわらず、気をつけていたのは、ほんの3日ほど。喉元過ぎれば……をそのままに、相も変わらず間食とアイスクリームを欠かさない生活を続けている。

 この日も、千葉県全域が緊急事態に陥っていることなど何のその。

「おとうさん、ご飯できたよ」

「まだ、腹減ってねー」

「また、そんなこと言って。決まった時間に食べてもらわないと、いつまで経っても片付かないでしょ」

「片付かない。片付かないって、おめーはうるせーんだよ」

 5時半になったと同時に、階下からはいつものやり取りが聞こえてくる。

 そのたびに関わっていたら切りがない。

 自室のドアを閉め、ラジオのボリュームをそっと上げる。

 翌日、市内にある大型スーパーの1店舗が再開に漕ぎつけたとの情報をSNSで得たものの、駐車場はすでに満車。駐車待ちの車が海岸通りまで何100メートルも続いていて、レジも2時間待ちを覚悟したほうがいいとのこと。

 行こうかどうしようか迷いながら、取りあえずそのスーパーまで自転車を飛ばす。