言って聞かせるが、
「おっ、そうか。それはてーへんだな。……で、電気屋には電話したのか?」
結局は、振り出しに戻ってしまう。
「兄貴の家も、飛んできたトタンが屋根に当たって瓦が落ちちゃったの。ブルーシートを公民館にもらいに行ったり、雨漏りに備えて部屋の中のものを移動させたりする手伝いをしなきゃいけないんだから、わがまま言ってないで大人しくしててよ」
「おっ、そうか。瓦が落ちたんか?」
だから! 朝から何度も言ってるでしょ。
頭の血管がぶち切れそうになる。
「私はあなたの召使いではありません」
「とにかく、行ってくるから」
いつガソリンスタンドが再開するかわからないのだから、無駄なガソリンは使いたくない。こういうときは自転車に限る。さあ、出発進行! ペダルに足を掛けたまさにそのタイミングだった。
「出掛けるんだったら、ヨーグルト買ってきて。今朝食べちゃって、明日の分がないから」
茶の間から顔を出した老母が宣った。
「だから! 千葉県中が停電してるってさっきから言ってるでしょ。スーパーもコンビニもやってないの!」
腹立たしさを振り払いたくて、思い切りペダルを踏む。
2時間後、兄宅の手伝いが一段落し、汗ダラダラになって帰宅すると、冷房の効いた茶の間でのんきにテレビを観ていた老父が、「おーい!」と叫んでいる。
「何?」
「お前、電気屋に電話したのか? 早くしねーと、相撲がはじまっちまうだろ」
「だから! 電気屋さんは今、相撲どころじゃないの。千葉県中が停電してて、みんな必死に復旧作業をしてるんだから」
かなり強い調子で言い返したので諦めると思いきや、そんなことはない。
「だったら俺が自分で掛ける」
懇意にしている近くの電気屋さんに電話を掛けはじめる。
ただ、状況が状況だけにそう簡単には繫がらない。
「掛かんねえなあ……」
首を傾げたかと思ったら、
「繫がらねーから、お前、自転車でひとっ走りして電気屋を連れてこい!」
命令口調で言い放った。
この人はこんなにも分からず屋で自分本位だっただろうか……。と思いつつも、今ここで甘やかしたらもっと図に乗ることは予想できる。
何でも思い通りにいくと思ったら大間違いだ。
「私はあなたの召使いではありません。そんなに観たかったら、自分で電気屋さんまで行ってきてください!」
耳の遠い老父が飛び上がるくらいの大声で雷を落とした。