タレント、モデルとして活躍し、さらに自叙伝「わたし、男子校出身です。」もベストセラーになるなど人気を博した椿彩奈さん(当時・椿姫 彩菜)。
しかしその裏でセクシャルマイノリティというだけではない自分を活かす道を模索し、見つけたのが、趣味でもあったゲームのネット配信番組での司会業だった。芸能界とネットの世界に大きな壁があったネット配信黎明期の空気を語ってもらった。(全3回の2回目/3回目に続く)
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「あの子はガチゲーマーだ」と話題に
ーー椿さんはテレビから徐々にネット配信番組の司会業へとシフトしていきますが、ゲーム関連の仕事が増えるきっかけはなんだったんですか?
椿彩奈さん(以下、椿) NHKで2010年に放送された「MAG・ネット」ですね。オタクへのリスペクトがちゃんとあった番組で、「ストリートファイター」や「薄桜鬼」の回に呼んでもらいました。「ファミ通」で連載もさせていただいたり、そのあたりからですね。
「ドラゴンクエスト」や「モンスターハンター」の仕事をした時に「あの子はガチゲーマーだ」とゲームプロデューサーの間で口コミで広がっていったみたいです。
そうしている中で「ファミ通」であったり、いろいろなゲーム媒体が徐々にネット番組を配信するようになっていったんです。 私はニコ厨でもあったので、ネットにもゲームにも強くて、番組が回せる人ということでMCとして呼んでもらえるようになりました。
多い年で年間で100本以上、有名なゲームタイトルの配信やゲーム番組のMCかサブMCにほとんど私がいるという時期がありましたね。
東京ゲームショウの時期はやばかったですね。一番たくさん仕事している時で、ゲームショウ2日で、仕事11本やった時とかありました。こっちのステージが終わったら、早着替えして別のステージでMCをしてとか。私的にはゲームショウはその年1年頑張ってきたことの集大成、通信簿だと思ってました。