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はじまった滞納

 2019年の夏頃から家賃の滞納が続き、兄のアパートの管理会社から私のところに連絡が入るようになっていた。

「もう少しで滞納が3ヶ月になります。3ヶ月を超えますと、保証人さんに支払って頂かなければならないことになるんです」と管理会社の男性は申しわけなさそうに言った。

 私は兄の携帯にメッセージを送り続けた。

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「家賃を払ってください。迷惑かけないって言ったよね? 迷惑かけるんだったら、あなたとは他人になります」

 私から出る「他人」という言葉が、兄は何よりも嫌いだった。

 5年前の母の葬儀で人目を憚らず泣いていた兄は、棺の蓋が閉められると「母ちゃん、ありがとう」と大きな声で言った。そして私を振り返って、「俺たち、二人きりになっちゃったな」と言った。

 兄妹なんだから、これからも仲良くしよう、助け合っていこう。そんなことを涙ながらに言う兄に、何か恐ろしいものを感じた。兄は誰かに助けてもらわなければ生きられない人だった。それまでも、両親、配偶者に頼り生きてきた。それをすべて失った兄が、すがるような目で私を見ていた。逃げろ、逃げるんだ、全力で……私は心のなかで何度もくり返した。

 それ以来、私はことある毎に、「私はもう結婚したから」と兄に言い、兄との間に一線を引いてきたつもりだった。あなたは私に依存することはできないのだと、しっかりと釘を刺してきたつもりだったのだ。

 何度メッセージを送っても反応しない兄に業を煮やし、携帯を鳴らした。何十回も鳴らした。とうとう根負けした兄は、翌日になってメッセージを返してきた。

「明日入金することで話はついています。もう他人なんですね。電話をする顔がないです。迷惑かけてすいません。病気をしてから生活がガタガタなんです」

 糖尿病で高血圧の持病があった兄は、2016年には狭心症となり、カテーテル治療を受けていた。それ以来、体調が完全に戻っていないことは私も知っていた。気持ちが揺れはじめた。1ヶ月分だけでも払ってやったほうがいいのだろうか。

 兄はしばらくして、「せがれのために頑張りますけど、追いつめられて追いつかないんです」と書いてきた。しばらく悩んだが、私は返信をしなかった。

 すると、私からの返信を求めるように、「迷惑かけてごめんなさい。こんなことになるとは思ってもいなかった。情けないです」と、兄は書いてきた。

 私はそれでも、返信をしなかった。過去の軋轢(あつれき)を思い出して怒りに震えながらも、体調を崩している兄が心配で仕方なかった。しかし、ここで折れたら、いつか必ず痛い目にあうとわかっていた。

 以前、こんなことがあった。